奥多摩釜飯と多摩川

 日帰り温泉「瀬音の湯」で約40分内湯に入り10分ほど露天風呂に入った結果、200gほど体重が減少。せっかくなので、ウォーキングと気分転換も兼ねて「拝島駅」で青梅線に乗り換えて「日向和田駅」下車。「奥多摩釜飯」を食べに青梅街道を北上。

 

初めて下車した駅だが、個人的にはとてもしっくりくる感触。

定番の奥多摩釜飯セットを注文。税抜き1,750円。

前菜がこちら。ブドウ糖で煮た梅干しと里芋が美味しい。

 

 メインディッシュはこちら。地産地消だそうです。味は濃すぎず薄すぎずちょうどいい味付け。野菜が豊富。レンゲに乗っているのは、レモンで右上の湯豆腐に絞って入れる。豆腐の下には野菜が入っており、レモンを入れることで出汁のコクとさっぱり感が絶妙にブレンド。

 窓越しに見える多摩川が疲れを癒してくれる。

その後、味噌おでんを注文。味噌の味と昆布で出汁を取ったこんにゃくの相性がいい。

梅干しは特別に2個サービスしてもらった。

 

会計を済ませ、梅干しをサービスしてもらったので、お土産に梅干しを1瓶買う。午後2時少し前に入ったが2時には空いていた。感じの良い接客だったので気分も良くそのまま多摩川に降りようと思ったが、崖しかなく川におりるのには相当上流か下流に行かないと降りれないと教えられた。

tabelog.com

 

仕方がないのでウォーキングコースを辿り日向和田駅に向かい帰宅。

SMBC totoで6億円が当選したら、奥多摩に永住するのも悪くはない。

花粉症のシーズンだが、私は大学生の頃からほぼ毎日「ヨーグルト」と「豆乳または牛乳」を食べ続けた結果、高校生の頃に勝手に鼻水が出たり鼻が詰まったり、目が痒くなったりと重症だったが今はかなり軽症でいられる。医学的根拠はないが試してみる価値はあると思う。

 

  

 

ぐんまちゃんと群馬県

 

 

ゆるキャラの集客力

 群馬県は「ぐんまちゃん」、熊本県は「くまもん」。少子高齢化の時代。知ってもらう努力、来てもらう努力が必要です。不動産営業のように電話営業や腕力による営業ではなく、注目を集め興味を持ってもらう材料がなければ始まりません。材料ができれば、プロモートだけということになります。お客様の反応を見ながら調整していくことが求められます。私も「ぐんまちゃん家」にぐんまちゃんを見に行きましたが、そこで写真を撮っていた女性は愛知県から来たそうです。

 

kikaku.pref.gunma.jp

群馬県出身の著名人

 私的には、BOOWYのメンバーでしょうか。氷室京介、布袋寅泰、松井恒松の三人です。初ライブ後に高橋まことが加入し四人になりました。ちなみに、高橋まことは福島県出身です。

 

 酒粕でも買って帰ろうとしたら、なんと石鹸のブースがあり、手を洗ってみてくださいと言われ試しに洗ってみたら驚きの結果に。手が軽くなったような感じになりすべすべ感が2時間後も続いています。しかも保湿、保温感もあり不思議な感じです。おススメです。ぐんまちゃんに会いに行かなければ知ることはなかったでしょう。恐るべし、ゆるキャラの集客力と広報力。

 こちらのWEBに出ている「販売担当 菊田さん」から買いました。東京に出張してきていたということですね。富岡シルクと蒟蒻を配合した石鹸のようです。私は、オレンジを選択しましたが他に青りんごがありました。100g1,500円です。毎日使っても2か月は持つそうです。

www.casagunma.com

 

世界遺産富岡製糸場と富岡シルク

群馬県富岡市にあります。富岡シルクを応援しよう。

www.tomioka-silk.jp

 

養蚕の現状

日本の繭生産量は、今から約80年前1930年(昭和5年)の40万トンをピークに減少し、昭和40年代に持ち直しの傾向が見られたものの2014年(平成26年)には約147トンまで落ち込んでしまいました。富岡市においても昭和43年に3010戸の養蚕農家で1441トンあった繭生産量が平成26年には12戸の養蚕農家で約4.2トンと激減しています。
 また、繭生産量の減少に伴う製糸業の衰退も著しく、平成元年に53あった国内製糸工場数は、平成18年にはわずか2工場を残すのみとなってしまいました。そのうちのひとつが富岡市の隣市にある碓氷製糸農業協同組合です。
 これら衰退の原因は、安い労働力に支えられた海外の低価格繭の流入、後継者不足など社会的構造の変化、また、日本人の生活様式が和装から洋装へ変化したことにより絹の消費量が減ったことなどがあり、その難しい対応に迫られています。
 しかし、平成27年の富岡市内の養蚕は、12戸の養蚕農家に加え、新規養蚕従事者として3団体が加わりました。また、平成26年の繭生産量4176kgから昭和58年以来32年ぶりに増加に転じ、平成27年の繭生産量は5055kgとなりました。(出自 富岡市観光ホームページ)

 

ヨーロッパが高く評価したクオリティ

「富岡製糸場」の生糸は、その多くが欧米に向けて輸出されました。なかでもフランスのリヨンは窓口としての役割を果たしました。そしてクオリティを高く評価した作り手たちにより、数多くの絹製品が生まれたのです。「富岡シルク」にはそのクオリティがいまもなお脈々と受け継がれています。(出自 富岡市観光ホームページ)

 

www.tomioka-silkbrand.jp

 

いい温泉が多い

草津温泉、伊香保温泉、万座温泉、四万温泉、水上温泉があります。

 

草津温泉

 

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毎分32300Lと自然湧出量日本一を誇る「天下の名湯」。6つの源泉を持ち、草津のシンボルでもある幅20、長さ60mの湯畑は毎分約4000Lを湧出している。お湯は、pH2.1と日本でも有数の強い酸性泉で、殺菌力が強くお肌がピリピリする。泉温52.7℃の源泉をかけ流しで楽しむために生まれたのが、“湯もみ”と“時間湯”。絶えることなく湧き出る大地の恵みを贅沢に味わえる。

泉質
硫黄泉、酸性泉
効能
神経痛、関節痛、疲労、冷え性など

 

伊香保温泉

 

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榛名山二ツ岳の火山活動により湧出し、今から約1900年前に発見されたといわれる古湯。茶褐色の硫酸塩泉は、昔から「子宝の湯」として知られる“黄金の湯”。一方、透明のメタケイ酸泉は“白銀の湯”。飲泉所も設置されており、弱酸性・低張性の温泉は通風や慢性アレルギー性疾患に効くといわれる。ただし、鉄分を多く含んだお湯はまさに「良薬口に苦し」。

特徴
にごり(褐色)
泉質
単純温泉、硫酸塩泉
効能
疲労、冷え性、高血圧、動脈硬化、皮膚病など

 

万座温泉

 

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万座温泉は標高約1800m。緑に囲まれた上信越高原国立公園内の高山温泉地だ。一年を通して訪れることのできる温泉地としては日本最高峰を誇っている(冬季一部のルートは通行止めになるので注意)。 源泉は硫黄泉で約80℃の高温。硫黄がびっしりと付着した岩の下から白濁の湯と白い煙が吹き出る「湯畑」を中心に、大小さまざまな温泉宿が立ち並ぶ。その湧出量は1日に540万Lにも達している。 また、春は残雪と新緑、夏は避暑、秋は紅葉、そして冬はスキーと、四季折々の楽しみ方を提供してくれる。1年を通じて四季折々に楽しめる。手を伸ばせば届きそうな満天の星もまた格別だ。

特徴
にごり(乳白色)
泉質
硫黄泉
効能
神経痛、筋肉痛、関節痛、疲労、冷え性など

 

四万温泉

 

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四万温泉の源泉は全部で42カ所で、そのうち39カ所が自然湧出となっております(宿の数は36軒)。湧出量は毎分約3900Lのパワフルな温泉です。無色透明・無臭で肌にしっとりやさしくなじむ温泉で美肌の湯として知られております。また、四万温泉は飲めば胃腸に良いといわれ、飲泉のできる温泉としても親しまれています。開湯は永延3年(989年)に源頼光の四天王の一人である日向見守碓氷貞光が神童より「四万(よんまん)の病を治する霊泉を授ける」と言われ、温泉を発見したことから始まるとされています。

泉質
塩化物泉、硫酸塩泉
効能
神経痛、婦人病、胃腸病、動脈硬化、皮膚病など

 

水上温泉

 

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ロッククライミングのメッカでもある岩山・谷川岳と尾瀬の玄関口に広がる温泉地。今から400年以上も昔、湯原の建明寺住職・海翁和尚が洞窟から湯煙が上がるのを見つけたのが始まりと伝えられている。お湯は、無色透明でなめらかな肌ざわり。与謝野晶子、太宰治など多くの詩人や文学者にも愛された見事な渓谷美を眺めながらの湯浴みを、時間を忘れてゆっくり過ごしたい。

泉質
単純温泉、硫酸塩泉
効能
神経痛、リウマチ、胃腸病、動脈硬化、皮膚病

www.yukoyuko.net

 

写真を撮るつもりが動画になっていました。その画像部分です。

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www.sirius-ogoe.com

 

新橋駅に向けて帰る時に偶然見かけたオシャレな建物。

 

  

 

 



 

 

小説「暗転」~帝王が愛した女~ 24(最終話)

《第四章 蒼穹》

 

Promised You

 

 

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永遠

 洋子は東京へ戻ると、はじめが死去したことを知らされた。自分の人生に大きな影響を与えた男二人を同時に亡くしたのだ。通夜には出席することにした。青山葬儀所で業界関係者、四大タクシー会社の社長が一堂に集まった。それぞれが様々な思いを抱いて故人を見送った。洋子は、喪主の妻啓子に挨拶に行った。「この度はご愁傷様です。それとご無沙汰しておりました。」洋子の漆黒の黒装束が会場に映えた。はじめの死をより厳粛なものに彩った。少し前まで一緒に仕事をした仲間たちとも一時の会話を楽しんだ。洋子の祖父とはじめの父親との関係、金の串刺し、一緒に見に行った韓国の海、晴海でのキス全てが走馬灯のように甦っては消えていった。この青空に吸い込まれるかのように。参列者は1000人以上でその中には乗務員も多数いた。下の者にも慕われる経営者であった。洋子は今夜の通夜だけ出席し、翌日の葬儀には出席しないことを伝えた。通夜も一通り終わると乃木坂駅に向けて一同に帰り始めた。そして洋子もその雑踏の中に消えていった。

 岩城はじめの突然の死で遅れてしまったが、笹岡家の墓を雑司ヶ谷霊園にしようと決めた。小元は生前、豊島区の良さを語っており、事実目白に住んでいたからだ。霊園を見に行く前に、よく二人で食事をした東通りを歩いた。いつも夜に利用していたお店でランチを食べようとお店に入ると、夜に見かけていた店員さんがいて声を掛けられた。「一人でくるなんて珍しいですね。こんな昼間から。お連れさんは今日はいないの?」「はい。もう来ることはないと思います。遠くに旅立ってしまいましたので。」「遠距離恋愛ですか?二人でお見えになるとあまり話さないようでしたが、なんか心が通じ合ってるような長年連れ添った夫婦のような感じでしたから。」「遠距離恋愛か。いい表現ですね。確かにそうです。遠距離恋愛。」「なるべく早くまたお二人でいらっしゃって結婚の報告でも聞かせて下さい。」「そうですね。まだ先になりそうですけど。」

 

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Forever

 洋子はゆっくりとしたランチを終え、雑司ヶ谷霊園に向けて歩き出した。池袋駅から歩いて15分程度の距離だった。空いてる墓地について説明を受け、できるだけ緑が多い場所にお墓を建てたいと思った。霊園の入り口から歩いて2分くらいのところにいい場所が空いていたので、そこに権利を買うことにした。墓石については、墓石やと相談をして笹岡家の墓とは入れず、永遠の二文字だけとした。しかし、きちんと小元徹の名前は入れてもらうし、自分が死んだときは、小元徹の隣に小元洋子と掘ってもらう契約も事前に済ませた。墓地としての体裁も整い、遺骨を移送し格納した。何か不思議な一体感があった。色々なことの整理を全て終えた頃に、啓子から連絡があった。弁護士といっしょに会って話がしたいということであった。杉並区善福寺の洋子の実家で話すことになった。「久しぶり我が家に戻った感じね。」啓子が言うと、洋子もこう言った。「とてもいい家です。環境もいいし大切に使っています。」「運命って本当にあるのよね。まさかあなたに買われてたなんて偶然とはいえ驚いたわ。久しぶりにゆっくり話が出来そうだから少し前置きが長くなったわね。」弁護士が公正証書遺言を洋子に見せ、説明し始めた。内容は、フェニックスタクシーの全株式の70%を笹岡洋子に贈与すると記載されていた。更に、社長就任も条件として書かれていた。洋子は驚いて啓子に問い糺した。「これはどういうことでしょうか。」「あなたにフェニックスタクシーと従業員を託すという意味よ。私もこんなことがある前から経営をあなたと小元さんに任せた方がいいと思ってたの。そうしたらやはりあの人も同じことを考えていたみたい。私には何の相談もなく公正証書遺言を作成していたから。」「ご子息の直久さんはどうするんですか?」「あの子には幾ばくかの現金だけ相続させるだけ。後は自分の人生なんだから一人で切り開きなさいということね。私はそれでいいと思うの。だから気にしないであなたには引き受けて欲しいの。これは私とあの人の総意よ。」「少し考えさせてください。あまりにも急なお話だったので心の整理が出来てないので。」「そうね。突然すぎたわね。じゃ返事待ってるから。」啓子は昔住んでいた洋子の実家から帰りの途に就いた。

 洋子は次の日、お墓に眠っている徹に相談しようと思い雑司ヶ谷霊園に向かった。お線香を焚き両手を合わせながら聞いてみた。そんな時に後ろから誰かが来た。振り返ってみると啓子がそこにいた。「やっぱりここに来ていたのね。小元さんの実家に連絡したら遺骨はあなたが引き取ったって聞いたから。お墓の場所はその時聞いたの。小元さんのお母さんは、遠くにいて体も思うように効かないから、何かあったらあなたのことを助けてあげて欲しいと頼まれたわ。私の大切な娘だからよろしくお願いしますと言って。」「そうでしたか。本当に嬉しいです。」「彼は何ていってるの?フェニックスタクシーとはもう関わるなって言ってた?」「いいえ、引き受けなさいって言ってます。大変で辛い時はいつでも俺のところに相談に来なさいって。そして自分の分まで生きて欲しいっていってました。だから私は遺言に従って、フェニックスタクシーの社長を引き受けさせていただきます。」「ありがとう。あの人も喜ぶし小元さんもきっと喜んでいるわ。」洋子が社長就任を承諾した後、タクシー新聞に次の記事が掲載された。

 

遺 稿

 

 フェニックスタクシーの前社長の岩城はじめです。お騒がせ社長と言われ、陰に陽に業界関係者のみならず皆様に話題を提供しまたご迷惑をお掛けしてまいりました。しかし、この場をお借りして自分が社長就任してから今日までを振り返り、直面した経営問題や今後のタクシー業界について述べたいと思います。些か長くなるかもしれませんがお付き合いいただけますと幸甚です。

【経営問題】

1.人口減少とGDPの頭打ち

 

人口推移表(1980年から2015年)

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出典 E-STAT

※2010年から減少に転じている。

 

日本の名目GDP(USドル)の推移(1980~2018年)

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出典 世界経済のネタ帳

※2010年をピークに減少、その後もたついている。

 少子高齢化でその影響を経済が受けないとはいえない。高齢者ばかりになった時に新しいことにチャレンジしたり失うことを恐れずに行動する人がどれだけいるだろうか。日本はかつてより貧しくなってきていると考えるべきで、デフレを脱却するには出生率を上げるだけでなく、海外からの流入と稼いだお金をなるべく日本で消費してもらうことだ。輸送手段としては、タクシーは少し贅沢な部類に入ってしまうかもしれない。

 

2.人材難

 他の業界に比べてタクシー業界は新卒で入社する人が少ない。その代わり中途入社で自営業者、証券会社、IT、不動産業界と多岐にわたるが、積極的にタクシー業界で働きたいという考えからではなくやむを得ない事情からの入社が多い。業界内で渡り歩く人も多い。これは、経営努力が足りないことにも起因している。賃金制度や福利厚生を見直し安定的に稼げる環境と安心して生活できる環境の整備が必要だろう。現場では運行管理者、会社全体としては総務人事で安全とイノベーションの観点から制度構築ができる人材がいない。この労務管理については、組織レベル、個人レベルで落とし込んでいかないと事故を招致してしまう。

 また、タクシー業界で就業しているということで、各種ローンが通りにくい場合があるのも現実だ。このために、業界で働くことを躊躇ったりなげやりになったりする人もいる。これは会社単位で考えるよりは業界全体で改善策を考えて行かなければならない。競い合うところは競い合い、助け合うところは助け合うことが何よりも大切だろう。

 

3.タクシーの認可台数

 都内で2万台が法人と個人タクシーを合わせて認可を受けているが、お客様の利用状況や減少を勘案すると減車の必要性が出てくると思う。

 

4.設備投資

 IT化を促進していく必要があるが設備投資や維持費を考慮したときに、初乗り410円では採算が合わない。タクシーを気軽に利用しようという呼び水にはなるかもしれないが初乗り料金で終わるお客様も多い。やはり600円は欲しいところだ。また、japan taxiへ車両を移行していくことで燃費の向上と居心地の良さから利益率の改善にもなる。

 

【今後のタクシー業界】

1.新サービスの開発

 タクシー会社は基本的に土地を持っているので、保有不動産の有効活用が効果的だろう。また、監督官庁に対するお願いになるが、認可台数分の駐車スペースを確保しているが、常に稼働しているので必ずしも全車両駐車することはない。この部分を考慮して駐車スペースの一部をコインパーキング等で運用することを認めて頂きたい。更に、建物の一部を地域住民に解放して、囲碁将棋や語らいのスペースにしたりするのもいい。子供たちの避難場所としても活用できるのではないか。これには、固定資産税等の税制優遇があると有難い。

 タクシーの乗務員には、様々な経歴の人がいるので、本人の承諾のもとネットを活用して略歴を公表してお客様の相談相手になるビジネスも面白いだろう。

 

2.ドライブレコーダー情報の活用

 事故時に利用されるものだが、車両の目として個人情報等を配慮したうえで、この画像データを活用したサービスは考えられないか。

 

3.乗務員の口コミ情報

 乗務員おススメの飲食店もネットで配信すると面白い。安くて早く出てくるところを知っているから。

 

最後に

 バブル経済崩壊以降、経済情勢の変化や産業構造の変化に十分対応しきれずフェニックスタクシーの経営を傾かせてしまったこと、観光バス事故では多数の死傷者を出したことをお詫び申し上げたい。そして、この記事が皆様のお手元に届くころには、もう私はこの世にはいないでしょう。また、彼女が私の申し出に応じてくれた時でもあります。フェニックスタクシー三代目社長笹岡洋子。私は、オーナー一族経営から脱却し他人である彼女にフェニックスタクシーの将来と従業員を託したいと思います。女性の社会進出とか活用と言われて久しいが、まだまだ男社会であり具体的な成果については聞いたことが無い。ここに一石を投じるとともに業界初の女性社長誕生をもって私の最後の仕事としたい。今まで以上のご支援ご声援をどうぞよろしくお願いします。本当に長い間ありがとうございました。

                                岩城 はじめ

 この記事のあと、洋子は社長就任の挨拶を本社のある練馬営業所で行った。「本社を元の本社ビルに戻します。あそこは私が取得し整備し終えています。今日のフェニックスタクシーがあるのは、数々の人の死の上にあり片時も忘れてはならないということです。これからもお客様の安全と快適さを追求していきましょう。」

 

 私は、ある土曜日の午後丸の内で一台のタクシーを止めた。「乗務員の岩城です。本日はご利用ありがとうございます。」

                              ― 完 ―

 

 

 

  

 

 



 

 

小説「暗転」~帝王が愛した女~ 23

《第四章 蒼穹》

 

回 想

 

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アウシュビッツ収容所

 

 洋子の退職と同時にはじめは体調を崩し入院した。そして、父、悟の急死による社長就任から洋子との出会いや病気で倒れたことなどを病院のベッドの中で思い出していた。傍には妻、啓子が寄り添っていた。「あたし以外に恋したのは、彼女だけじゃないの?ずっと気付いていたわ。あなたじゃなくても恋したくなる子よね。いつのまにか自然に傍にいて、なんとなく前を向かなきゃいけないような、もう過去は振り返らないそんな気持ちにさせてくれる子だったから。」はじめの瞳から涙がこぼれていた。「私たちは、そんな彼女に重い十字架を背負わせてしまったのかもしれない。大丈夫よ。あなたはもう心配しなくていいの。あなたの妻としてできる限りのことはしてあげるつもりだから。」啓子は、洋子に感謝していた。はじめの心の支えになってくれていたこと、病気で倒れた時に親身になって心配してくれたこと、会社の将来を気にして必死で働いてくれたこと。そのくせ母親のことや結婚で失敗したことを引きずりながらも、明るく振舞っていたところがいじらしかった。

 はじめは、赤木を呼んで最後の仕事を頼んだ。「赤池との顧問契約を解除したい。解除通知を作成して直接渡して欲しい。それと赤池と釣るんで笹岡さんを追い出し会社を好きにしようとした息子直久も許せない。フェニックスタクシーから二人は完全に出て行ってもらう。これが私が最後におまえに指示する仕事だ。ここに300万円ある。これでおまえともお別れだ。いいな、頼んだぞ。」「分かりました社長。今まで色々ありがとうございました。最後の仕事しっかり引き受けさせていただきます。」

 本社売却の話も小元の自殺によって白紙になってしまった。しかし、ある日地元の不動産会社を通して買い付け申し込みが入った。はじめにとって全く知らない人だった。金融機関への返済もあることから承諾した。金額的には自殺者が出た物件であったが相場通りで売買が成立した。洋子との思い出の場所が静かに人手に渡った。

 洋子は、小元の遺体を引き取り火葬した。そして小元の実家の福島県南相馬市に遺骨をもって出かけた。事前に電話で連絡していたが、はじめてだし少し不安だった。

 東京では赤木からもらった顧問契約の解除通知に腹を立たせ、赤池がはじめの入院しているところまで文句をいいにきた。解除通知を手渡した後、何かしらか行動に出ると考えて赤木は病院で社長の傍に付き添った。「社長、何の説明もなく一方的に解除するなんてあんまりじゃないですか。今までの付き合いは何だったんですか。考え直してください。」「社長は顧問契約に則って契約を解除しただけだろ。3か月前に通知をすれば一方的に解除できるって書いてあるじゃないか。お前が作った顧問契約書に。いい加減にしろよな。これ以上言いがかりをつけるならただじゃすまねえぞ。」「社長、私がいなくなったら会社は倒産します。考え直してください。」「社長はお前と縁を切りたいと言ってるだろ。いい加減叩きのめすぞ。」大声で言い合ったせいか看護師さんが様子を見に来た。「大丈夫ですから、どうもご迷惑をお掛けしてすいません。」「個室の外にも聞こえてましたので。他の患者さんの迷惑にもなりますので静かにしゃべってください。」赤池はそそくさと帰っていった。はじめは久しぶり楽しんでいた。「相変わらず威勢がいいな。こっちもスカッとしたよ。ありがとう。」「社長、私はこれで失礼します。ありがとうございました。」はじめは啓子を呼び、タクシー新聞の記者を呼ぶように頼んだ。

 洋子は、小元が上京して東京の大学に入学するまで住んでいた実家の前に来た。なんだか切なくて懐かしい気持ちになっていた。遺骨を持ちながら玄関のベルを鳴らした。中から初老の女性が出てきた。「中へお入りなさい。はるばる遠くまで来てくださって本当にありがとう。思ってた通りの人ね。」お茶と漬物が出され、洋子は出会いから結婚の約束までの話をした。「徹さんの死は、急性心不全でした。とても残念なことですが。」「いいのよ。嘘つかなくても。徹から自殺する前に連絡があったから。弱い自分を許して欲しいと言ってた。私と別れたあの子の父親が、中学卒で世間から見下されていたことや父親からの暴力を受けながら育ったことから、あの子には本当に苦労ばかり掛けてきたの。そのせいか、いい大学出ていい会社に入って見返してやると言っていつも遅くまで勉強してたわ。旧財閥系の会社に決まったよと連絡もらったときは嬉しかったけど、そういう会社はいいとこの人たちが集まるだろうからやっていけるのかしらと心配してた。でも、途中からあの子とギクシャクするようになって、平成13年のお正月に帰省したのが最後になったわ。そのあとは、何の連絡もよこさなくなって急に連絡をよこしたと思ったら、結婚したい人がいるから今度連れていくと。母さんと同じ洋子という名前なんだって。途中で気が変わって破談になるといけないから入籍の1ヶ月前に連れていくから、優しく対応してくれって言ってた。」洋子から涙が止まらなかった。「私が悪いんです。私が仕事を紹介しなければこんなことにならなかったと思います。本当にすいません。」「あなたは何も悪くないのよ。あなたに出会ったことも自殺したことも全てが運命。私は誰も恨んでいないわ。ただあの子には、人生をありのままに受け入れて静かに生きて欲しかっただけ。いつも自分の人生を悲観的に捉え、それを変えなくてはといって生きてきた子。全ては私とあの子の責任なの。でも、あの子もあなたに会えて幸せだったと思う。」その後も二人は徹の昔話で時間がたつのも忘れた。洋子は突然切り出した。「徹さんの遺骨を私に頂けませんか?」急に切り出されたので母洋子も驚いた。「とても嬉しい申し出だけど、あの子のことは忘れなさい。そして、あなたは自分の幸せを見つけるの。いつまでも過去を引きずっていたらダメ。人生なんてあっという間なんだから。すぐ私のような年寄りになって何もできなくなるんだから。まだやり直せるわ。」しかし、洋子の瞳には決意と覚悟で満ち溢れていた。「色々考えてのことです。せめて同じお墓に入って、あの世で二人だけの結婚式を挙げたいと思ってます。その時が来るまで、精一杯生きていくためにどうしても必要なんです。もう決めたことです。」「いいわ。あの子のことはあなたに任せたわ。好きにしなさい。」「ありがとうございます。お母さん。」母洋子は気付いていた。もし、ここで断ったらこの子がどういう行動に出るのか。翌日、洋子は徹が通った小学校、中学校、高校、そして釣りに行っていた横川ダム、高野倉ダム、右田浜と見て回った。東日本大震災の爪痕が随所に残っていたが、海や山に囲まれた自然豊かなところだった。税理士試験のために通い始めた専門学校での出会いから始まって、学校での税法の解釈についての話とか将来どうしていくのとか、いつもどこか独りなのが気になって洋子から食事を誘ったりとか全てがもう繰り返されることのない思い出になってしまった。洋子は海を見ながら思っていた。もし、あそこでお母さんに断られたら、遺骨を持って徹の生まれたこの地で後を追っていただろうと。洋子は東京へと戻った。そして時は同じく、フェニックスタクシー社長の岩城はじめは病院で静かに息を引き取った。

 

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アウシュビッツ収容所

 

 

 

 

 

 

小説「暗転」~帝王が愛した女~ 22

《第四章 蒼穹》

 

Starting Over

 

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 小元は入社すると早速、金融機関との関係改善に動き始めた。商工銀行、東部信金ともに小元の経歴から今後のフェニックスタクシーの業績及び財務改善が図られ、会社の状態を平時に戻してくれると期待した。会社の情報は極力開示し、共有し合うことで早期の業績改善を狙った。洋子も近くに同じ話が出来て、頼りになる人が来てくれたことで静かな安心感を得ていた。「あまり飛ばしすぎないでくださいね?まだまだ、先は長いし、そう簡単なことではないですから。」洋子は気遣うように言った。小元もこれに答えた。「最初が肝心なんだよ。鉄は熱いうちに打てというだろ。着任した時が最もエネルギーに満ちている。このタイミングで何もしない人は、結局最後まで何もしない人だよ。それにこの会社には時間的余裕がない。できるだけアクションを起こして、結果を見て調整をしながらやっていかないとダメなんだ。経理処理や各種費用の見直し、公租公課も滞納しているからここもやっつけないとね。」

 入社二週目からは、各営業所の売上処理やタクシーの稼働状況の確認に出て回った。乗務員さんのモチベーションの低下と高齢化が大きな問題だと感じた。洋子のアシストもあり所長も好意的に状況を説明した。そして、小元はフェニックスタクシーのリバイバルプランを策定した。大綱としては、つぎの通りまとめた。

 1.稼働率を原則90%とする。

 2.タクシー事業とは関係ない事業は撤退する。

 3.不要な不動産は全て売却する。

 この大綱に従って具体的に進められた。小元は、借入残高を20億円未満にし、公租公課が滞納しないレベルまでキャッシュフローを改善させたいと考えていた。不採算営業所の売却、営業権の売却、不動産の売却、乗務員の賃金規定の改定と矢継ぎ早に改革を進めた。全てが寛容的に受け入れられるものではなく、あちこちで軋轢が生じた。しかし、洋子が陰でフォローしてうまく取り持った。一定の営収を超えてくると給与が上がるように、実績に見合った給与に見直すことでよく働く乗務員からは評価された。金融機関も小元の手腕を高く評価した。

 しかし、東日本大震災の爪痕は大きく経済が回復するのにはあと2年は待たなければならなかった。賃金規定の改定が6か月後には業績に大きく寄与し始めた。口コミで乗務員も集まり、また働かない乗務員は居場所がなくなり自ら去っていった。小元はここで乗務員向けの情報、イベント情報を14時と18時に全車両に向けて無線を使って提供し始めた。例えば、後楽園ホールでのイベントで水道橋周辺には21時に待機すればお客がとれるとか大学の卒業式がいつ行われるとかタクシーを利用する確率の高いイベント情報を提供することで、効率よく乗務できる体制を構築した。乗務員のモチベーションも向上し仲間同士で連絡し合い乗車スポットを開拓していった。そして、2013年にもなると経済に明るい兆しも見え始めた。オリンピックの開催地に東京が指名されたのもこの年だった。営業権の売却や不動産の売却も具体的に前に進み始めた。この頃になると、洋子も小元も税理士試験5科目を全て合格し税理士資格を保有するに至った。ある時、洋子は小元に聞いてみた。「これからどうするの?まだここで仕事続けるつもりなの?」「どうして欲しい?俺はまだここで仕事をして、この会社を破綻懸念先から脱却させ、働く人すべてが安心していられるそんな会社に再建したいと思っている。そういうレベルまで会社を再建したと実感できるまではここで頑張るつもりだ。それから先のことはその時考えればいい。まだ、君といっしょに仕事したいし陰でフォローしてくれてるのも分かってる。そんな感じで仕事ができるのも、住友以来だし社長とかの理解も得て仕事しやすいしね。」「そうなんだ。良かった。いつの間にか急に私の前からいなくなるんじゃないかと心配してた。ちょっと安心しました。」「どうして結婚しないの?君くらい綺麗ならいくらでも縁談があったでしょ。過去は過去であまり気にしなくていいんじゃないのかな。俺は、こんな性格だから未だに独りだけれど、やっぱり独りは寂しいよ。いい人がいたら躊躇うことなく踏み出したらいい。人生という時間には限りがあるしあっという間だよ。」「私はバツイチだし、もう若くもないからもらってくれる人なんていないですよ。」二人はこんな時間がいつまでも続いたらいいと思った。

 営業権の売却が成功し、公租公課の滞納分に全額充当し一時的ではあったが正常化した。小規模の不動産も売却が成功し、順調に金融機関への返済も進み支払利息が減少していった。2014年には資金収支がトントンになる月も出てきた。改革の効果が確実に出ていた。そして洋子と小元は付き合い始めた。当然の流れであった。小元は幼い時から母子家庭で育ち、クリスマスもお正月もいつも一人だった。二人は2015年のクリスマスイブに結婚することに決めていた。はじめも啓子も二人の交際を温かく見守った。フェニックスタクシーにはもう欠かせない二人になっていた。

 2015年には主要不動産の売却交渉に入った。会社の信用状況を棄損することなく上手く売却しなければ変な噂が流れるからだ。小元は、慎重に交渉相手を選び売却に向けて話をすすめた。裏では赤池が小元を嵌めるための工作に動いていた。今までフェニックスタクシーから手数料で絞れるだけ絞ってきたのを、邪魔されたからだ。本来、赤池とは顧問契約を解除すべきなのをはじめはそれが出来ないでいた。その甘さがあって会社をこんな事態にしていた。体の自由が利かなくなってからは、ますます流れに任せるようになっていた。赤池はあちこちの不動産会社にフェニックスタクシーが本社の土地建物を売却するようだと言い回った。本社には、不動産会社から売却の意向の確認と内覧したいという申し出が殺到した。そして、金融機関の耳にも同様の情報が入り疑心暗鬼になっていた。赤池は商工銀行と東部信金を回り、根抵当権が設定されているのにも関わらず承諾を取らずに売却しようとしているとデマを言った。さすがに事情を聴きたいということになり、小元は説明した。「外に売却の話が広がらないように交渉を進めてきました。相手との売却交渉が決まれば、その時は当然お伝して根抵当権を外してもらうお願いをするつもりでした。」「具体的にはどこと進めておられますか。」「埼玉の建売の会社です。仲介手数料も安く済みそうです。金融機関を出し抜くようなことをして会社や私に何かメリットでもありますか?因みに、仲介会社は大手の会社なので私にはマージンとかは入らないですよ。登記をきちんとする普通の不動産取引です。金額も相場通りで根抵当権の極度額を僅かながら上回っています。」「確かにそうですね。これは失礼しました。気を悪くさせて本当に申し訳ないです。すいません。」「分かってもらえれば別にそれでいいです。誰が変なことを言い回ったのですか。教えてください。」「赤池さんです。」「あの人はもうどうしようもない人だから。」

 本社の売却契約を締結する日取りも決め、場所は商工銀行ですることとなった。しかし、運悪くこんな時に、練馬営業所の乗務員が国道一号線で車両6台に渡る大事故を起こした。連日テレビでは観光バス以来の大事故として、フェニックスタクシーには社会的責任感が欠如していると報道された。インフラとしての安全配慮に欠如しているという内容で激しくバッシングされた。これに便乗して赤池は、小元が進めてきた営収重視の賃金規定に端を発しての事故だとまた金融機関に言い回った。更に、不動産の買い手にも密かに連絡し、フェニックスタクシーの不動産を買うのは縁起が悪いという内容の触れ込みをして取引をぶち壊した。そして、自分と懇意にしている不動産会社に売却の話を持ち掛けこの混乱時に手数料を抜くことを画策した。小元が金融機関対応やマスコミ対応している間に、社長から実印の押印をしてもらいあたかも小元がすすめてきた売却案件のごとくふるまい契約締結をした。無論、金融機関の承諾もなく極度額よりも低い金額での契約であった。当然に手付金も入金された。この契約書をもって赤池は商工銀行に行き、小元がやっていることを告げた。「この契約を履行しないと違約金として物件価格の20%が課されます。更に手付金も返還しなければなりません。そんなことをしたら、信用不安だけでなく倒産してしまいます。」商工銀行は、直ちに社長、小元、洋子の三人に面会を依頼し事実の確認を行った。契約書に実印を押したのは、間違いなく社長自身で、赤池が小元がすすめてきた話だからと言っていたので実印を押したということであった。赤池は間髪入れずにマスコミにもこの不動産取引をリークし大炎上となった。商工銀行は譲歩し、極度額よりも低いが別の無担保不動産を売却した代金で充当してもらうことを条件としてこの取引を承認した。

 二人の結婚式まであと二か月と迫った10月の月夜がきれいな夜に、小元は洋子を置いて本社の屋上から飛び降り自殺をした。人生のほとんどを仕事に生き、誠実に生きてきた男の最後は、結婚というささやかな幸せではなくあまりにも残酷なものであった。洋子は2015年12月24日付でフェニックスタクシーを退職した。

 

 

 

 

 

 

 

物流会社の新規事業に最適なもの

 物流は立派な社会インフラであり、近年のEコマースの発展によりますますその重要性が再認識されております。しかし、給与の低さと労働条件の悪さから高齢化と就労人口の大幅な減少が続いており具体的な改善策が見られません。

 そんな中でも、とても面白い興味深いものがありました。オートボディプリンターとタイヤプリンターの2つです。これは物流会社で新規事業で十分採算がとれるのではと考えました。基本的には物流基地を持っているので土地はありますから。

 

 

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オートボディプリンター

 

 トラックの壁面に直接印刷するものです。特殊な機械で印刷するようです。ベンツのAMGクラスの価格で買えるのではないでしょうか。


トラック マーキング プリントの様子 デザイントラック

 

事業としての魅力

 

 アドトラックにして収益を得る。見た目もかなり綺麗なので人目につく。

 手数料を頂いて塗装を施す。小規模な運送会社は独自でこのシステムを導入するのは困難なので、ビジネスとしては顧客になる可能性がある。

 オートボディプリンターのお客様になる方とのアライアンスも視野に入る。

 

 綺麗なトラックに生まれ変わるので会社のイメージアップにつながるし、人目に付くのでドライバーさんのモチベーションも上がる。事故も減るかもしれません。

 高齢者でもできる仕事なので、ドライバーを卒業した方でも仕事ができる。パソコンは少しできないとダメかもしれませんが、それほど難しくありません。

 会社の知名度があがれば、認知されていない運送会社より採用の面で有利になる。

 


ぐんまちゃん トラック ラッピング プリント アド 広告 印刷

 

タイヤプリンター

 

 タイヤの側面に直接印刷をします。こちらも世界初の技術のようです。クラウン一台分くらいで買えるのではないでしょうか。

 

事業としての魅力

 

 靴ひもとおなじ考えでいいのではないでしょうか。同じ靴でも、靴紐を替えることでかなり印象がかわりオシャレになることがあります。車もタイヤの塗装次第でかなりイメージが変わります。手軽でいいビジネスなること間違いありません。

 

 タイヤ保管をやっている倉庫会社さんなら、このサービスを新規事業として導入する価値はあるのではないでしょうか。


タイヤ プリンター プリント ペイント カスタム オリジナル 印刷

 

成功している会社さんは⤵️

xn--ecktc2a0d4ctb1d.com

 

結び

 

 どんなに大変な状況でも諦めずに探していれば、なんとかなるのではないでしょうか。物流会社に少しでも人が集まり、一瞬でもその大変さが楽しさに変わることを期待しております。

 

補足

 個人的にぐんまちゃんが好きです。

www.sirius-ogoe.com

 

 

 

 

XPERIA XZ2 PREMIUM Android9 version up

docomo 製XPERIA XZ2 PREMIUM のOSをアップデートした感想を述べます。

 

電池の消費量

 大きな改善が見受けられました。これまでは、スリーブ状態にあっても指紋認証の部分に指を入れるとロックを解除していました。しかし、アップデート後は、電源ボタンを押して一旦スリープ状態を解除してからでないと認証しなくなりました。

 アップデート前よりスリープ後はアプリがOFFになるようになりました。スリープ状態時の電池の消耗は明らかに改善されております。時間で示せば3時間は寿命は延びています。

 

カメラの操作性

 起動して最初の画面でぼけやモノクロの変更ができるようになりました。操作性がかなり向上したため、手軽に好きな画質で撮影できるようになりました。

 

通信速度の向上

 少し通信速度が速くなったように感じます。

 

アプリの起動等

 アプリの起動は更にサクサクと動き、画面が切り替わる時の滑らかさはiphoneに十分対抗できるのではないでしょうか。144HZ対応の液晶なので滑らかです。下の動画を見て下さい。数値が小さいほど動きがぎこちないですが、この数値が144になると思ってください。もっと滑らかなのは想像できるのではないでしょうか。

 更に、MLCDの液晶なので消費電力が抑えられるうえに、高コントラストを実現しております。

 

3060fps

 出自:ゲーミングPC情報局

malamente.org

結び

 相変わらずの重量感と大きさはありますが、画質の解像度とカメラの良さはずば抜けておりますので、安く買える今が絶好の買い場でしょう。

 

 

 

 http://s-max.jp/archives/1763839.html