物流会社の新規事業に最適なもの

 物流は立派な社会インフラであり、近年のEコマースの発展によりますますその重要性が再認識されております。しかし、給与の低さと労働条件の悪さから高齢化と就労人口の大幅な減少が続いており具体的な改善策が見られません。

 そんな中でも、とても面白い興味深いものがありました。オートボディプリンターとタイヤプリンターの2つです。これは物流会社で新規事業で十分採算がとれるのではと考えました。基本的には物流基地を持っているので土地はありますから。

 

 

f:id:ogoesamurai:20190119162503p:plain

 

オートボディプリンター

 

 トラックの壁面に直接印刷するものです。特殊な機械で印刷するようです。ベンツのAMGクラスの価格で買えるのではないでしょうか。


トラック マーキング プリントの様子 デザイントラック

 

事業としての魅力

 

 アドトラックにして収益を得る。見た目もかなり綺麗なので人目につく。

 手数料を頂いて塗装を施す。小規模な運送会社は独自でこのシステムを導入するのは困難なので、ビジネスとしては顧客になる可能性がある。

 オートボディプリンターのお客様になる方とのアライアンスも視野に入る。

 

 綺麗なトラックに生まれ変わるので会社のイメージアップにつながるし、人目に付くのでドライバーさんのモチベーションも上がる。事故も減るかもしれません。

 高齢者でもできる仕事なので、ドライバーを卒業した方でも仕事ができる。パソコンは少しできないとダメかもしれませんが、それほど難しくありません。

 会社の知名度があがれば、認知されていない運送会社より採用の面で有利になる。

 


ぐんまちゃん トラック ラッピング プリント アド 広告 印刷

 

タイヤプリンター

 

 タイヤの側面に直接印刷をします。こちらも世界初の技術のようです。クラウン一台分くらいで買えるのではないでしょうか。

 

事業としての魅力

 

 靴ひもとおなじ考えでいいのではないでしょうか。同じ靴でも、靴紐を替えることでかなり印象がかわりオシャレになることがあります。車もタイヤの塗装次第でかなりイメージが変わります。手軽でいいビジネスなること間違いありません。

 

 タイヤ保管をやっている倉庫会社さんなら、このサービスを新規事業として導入する価値はあるのではないでしょうか。


タイヤ プリンター プリント ペイント カスタム オリジナル 印刷

 

xn--ecktc2a0d4ctb1d.com

 

結び

 

 どんなに大変な状況でも諦めずに探していれば、なんとかなるのではないでしょうか。物流会社に少しでも人が集まり、一瞬でもその大変さが楽しさに変わることを期待しております。

 

補足

 個人的にぐんまちゃんが好きです。

 

 

 

 

XPERIA XZ2 PREMIUM Android9 version up

docomo 製XPERIA XZ2 PREMIUM のOSをアップデートした感想を述べます。

 

電池の消費量

 大きな改善が見受けられました。これまでは、スリーブ状態にあっても指紋認証の部分に指を入れるとロックを解除していました。しかし、アップデート後は、電源ボタンを押して一旦スリープ状態を解除してからでないと認証しなくなりました。

 アップデート前よりスリープ後はアプリがOFFになるようになりました。スリープ状態時の電池の消耗は明らかに改善されております。時間で示せば3時間は寿命は延びています。

 

カメラの操作性

 起動して最初の画面でぼけやモノクロの変更ができるようになりました。操作性がかなり向上したため、手軽に好きな画質で撮影できるようになりました。

 

通信速度の向上

 少し通信速度が速くなったように感じます。

 

アプリの起動等

 アプリの起動は更にサクサクと動き、画面が切り替わる時の滑らかさはiphoneに十分対抗できるのではないでしょうか。

 

結び

 相変わらずの重量感と大きさはありますが、画質の解像度とカメラの良さはずば抜けておりますので、安く買える今が絶好の買い場でしょう。

 

 

トランクルームランキング

 

トランクルームとは 

 

 簡易物置、物置なんて言葉は死語かもしれませんがトランクルームがこれにあたります。家にある不要なものを一時的に保管する、或いは知られたくないものを隠しておく場所。

f:id:ogoesamurai:20181229053223p:plain

 

 2005年あたりから加速度的に拡大してきましたが、当時は面取りの要素が強く、サービス業というよりは、倉庫や不動産屋的なサービスに留まり、倉庫会社の空いてる倉庫にコンテナを置かしてもらい消費者に使用させたり、ビルの空きを埋めるためにトランクルームとして使わせたりしておりました。しかし、ここにきて消費者のニーズの変化、低価格で必要なものを自ら移動せずに預けたり取り寄せたりするサービスが便利で好評を得ております。もしかしたら、消費者のニーズを掘り起こしたのかもしれません。更に、預けているものを売買することも可能になりました。このあたりは、フリーマーケットの浸透やメルカリの活況を見ても分かるように、webを通したシェアリングの裾野が拡大していることです。シェアリングの対象は、時間、場所、動産であったり、これは何でも所有すればいいということではなく、本当に所有すべき価値のあるものだけ所有し、それ以外は利用できればいいという考え方に基づいています。

 これからは、利用と経験、所有という2wayに時間、物、知識も判別されていくことでしょう。トランクルームは生活密着型のサービスに重点をおいたものとただ近くに物置として使えればいいという利用方法による二極化が促進されることが予想されます。

 それでは、世間の評判や使い勝手、ビジネスモデルの優位性なども含めて勝手に私がランキングをしました。また、トランクルーム会社で注意しなくてはならないのは、最初は安値で募集していながら稼働率が上がると値上げする会社と事故時に適切な補償が受けられない会社です。

 

1位 TRUNK


 フジテレビの「めざましテレビ」で紹介されておりました。WEBの使い勝手も良く安心プライスです。突然の値上げとかなく経営者の良心が伺えます。預けているモノをアイテム単位で売買できるサービスはこれからもっと拡大するでしょう。1箱500円からで対応も親切で評判がいいようです。一押しのトランクルームサービスです。

 

www.trunk-inc.com

 

2位 minikura

 

 老舗の寺田倉庫さんがやっているサービス。社長さんが個性的な経営者で、保管するものは美術品からワインまでとにかく管理に厳格さが求められるものが主流となりました。信頼できる会社であることは間違いありません。

 

https://minikura.com/

 

3位 エリアリンク

 

 ハローキティでおなじみのトランクルーム会社。林社長は業界でも有名でトランクルームの認知度を高めた立志伝中の人物。拠点数は日本一。料金体系が煩雑なのが難点です。物置として利用するならばここが一番でしょう。

 

www.hello-storage.com

 

4位 株式会社パルマ

 

 ビジネスモデルが秀逸ですが、知名度が低いのが難点。トランクルームを開発し稼働率が上がってから投資家に売却し管理委託を受注するビジネスモデルです。高野社長はなかなかの人格者です。二度お会いしていますがいい方です。近年は、日本郵政グループから資本を調達し、日本郵政の不動産活用も含めて相乗効果が期待できる会社です。

 

www.palma.jp

 

5位 ライゼボックス

 

 アイディアもありトランクルームにHOBBY性を持ち込んだ会社。

 

www.reisebox.co.jp

 

amazonがもたらした光と影

Eコマースの進展

 amazonが受益者にもたらしたメリットは、利便性、エンターテインメント、地球規模の情報の三つが挙げられる。

 

利便性

・AIマーケティングによる会員の趣向にあった商品情報の提供及び関連商品の提供。

・購入・決済・配送・返品の一元管理と簡潔さ

・実店舗にはあったがWEBショップにはなかった特売日の設定

・amazon primeによる即時配送

・サポートセンターの充実

・amazon gift

 

エンターテインメント

・amazon prime加入による動画サービス

・リーディングサービス

・prime musicによる100万曲以上の聴き放題

・amazon driveによる無制限のphoto storage

 

地球規模の情報

・主要国に展開しているので、商品及び価格の検索が可能

 

Eコマースの功罪

  これまでは、買い物は実際に店舗へ出向き購入する、すなわち購入者が交通機関を利用して自ら動き購入し持ち帰るというのが一般的であった。更に、限られた情報の中で購入を決定していたので、価格面でも比較する情報が不足していた。

 Eコマースにより、購入者の選択の幅が広がったことと購入にかかる交通費、時間が削減されたことは、受益者にとって素晴らしいことではある。実店舗を構えれば、賃借料や人件費等がかかるが、Eコマースであれば倉庫経費は実店舗より低くなりその分価格を安くできる。

 その代わり配送業者にそのしわ寄せがきている。実際に国土交通省の資料より検証しよう。

 

f:id:ogoesamurai:20181206155119p:plain

トラック業界で働く人のうち、約45.2%は40~54歳。
一方、29歳以下の若年層は全体の10%以下。
女性の割合は2.5%と、全産業と比べて極めて低い状況。

 

 

〇平成 29 年度の宅配便取扱個数は、前年度と比較して
(1) 条件を揃えず単純に比較した場合:2 億 3,272 万個・5.8%の増加
(2) 条件を揃えて比較した場合:4,343 万個・1.1%の増加 となった。

(3)宅配便の約2割が再配達

 

 

 物流合理化のため、宅配BOXの整備が言われているが、実際に自分の荷物を保管している拠点が近隣にある場合も多く、自分で取りに行くのが一番手っ取り早い。また、頑張っている配達員には声をかけてあげることも大切でしょう。「お疲れ様です。」

 

 

 

 

ボクシングの楽しみ方

 未だに根強いファンがいながらあまり表舞台に出てこない、スポーツと言ってよいのかエンターテインメントと言っていいのか正直分からないボクシングについて書きます。デジタル化が急速に進んでも所詮人間には本能があり感情で生きているから、原始的であっても殴り合うボクシングは無くならないでしょう。

 

 

ボクシングの魅力

 

相手をK.Oした時の爽快感

 

 自分が応援している選手またはただ観戦しているだけでも相手を打ちのめした時の爽快感は格別です。基本的には勝つか負けるかなので、サラリーマン社会のような能力に関係なく上に立つということはありません。判定勝ちとか引き分けもありますが精一杯戦った結果としてなので、こういう時もあると思って観戦します。如何せん判定にもつれ込むことが多いですが。高度な攻撃力と防御能力があると勝敗が付きにくいのだと思います。

 

ボクシングの開催地が近い

 

 水道橋にある後楽園ホールでは何かしらか試合が行われてますので、仕事帰りに気軽に寄れます。デートスポットとしても面白いと思います。ビールやソフトドリンクもあり簡単な軽食もあります。意外に平日でもそこそこ人が入っておりますので、閑散としていたらつまらないなと思う心配はありません。かなり盛り上がってます。

 

ダイエットの目標

 

 どのボクサーの体も鍛え抜かれておりますので、筋肉質で無駄な贅肉がありません。あそこまでの体には到底追い付けませんが、目標にはなります。応援する選手を決めたら観戦に行くまでにあと何キロ落とそうかジョギングや筋トレも入れて絞るのは効果的です。選手も努力してあの体を維持していますので励みになります。階級に合わせてダイエットに励むと無理なく継続して行えると思います。概ね3キロ刻みで階級が設定されていますので。

 

ボクシングの階級

 

階級

キロ

ポンド

ヘビー級

90.719 kg 以上

200 ポンド以上

クルーザー級

90.71 kg 以下

200~175

ライトヘビー級

79.38 kg 以下

175~168

スーパーミドル級

76.20 kg 以下

168~160

ミドル級

72.57 kg 以下

160~154

スーパーウェルター級(ジュニアミドル 級)

69.85 kg 以下

154~147

ウェルター級

66.68 kg 以下

147~140

スーパーライト級(ジュニアウェルター 級)

63.50 kg 以下

140~135

ライト級

61.23 kg 以下

135~130

スーパーフェザー級(ジュニアライト 級)

58.97 kg 以下

130~126

フェザー級

57.15 kg 以下

126~122

スーパーバンタム級(ジュニアフェザー 級)

55.34 kg 以下

122~118

バンタム級

53.52 kg 以下

118~115

スーパーフライ級(ジュニアバンタム 級)

52.16 kg 以下

115~112

フライ級

50.80 kg 以下

112~108

ライトフライ級(ジュニアフライ 級)

48.98 kg 以下

108~105

ミニマム級(ストロー級)

47.62 kg 以下

105 ポンド以下

アトム級(女子のみ)

46.26 kg 以下

102以下

 

ボクシングジム

 

 有名なボクシングジムをチョイスしました。ワタナベボクシングジムさん主催の試合に何度か観戦いたしましたが、主催者側の受付関係者の方は親切な人でした。

 

ワタナベボクシングジム

141-0031 東京都品川区西五反田2-5-2 03-5436-2355

www.watanabegym.com

 

金子ボクシングジム

155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-23 03-3460-8353

www.kaneko-boxing.com

 

帝拳ボクシングジム

162-0825 東京都新宿区神楽坂2-10 カグラヒルズ5F 03-3911-5222

 

www.teiken.com

 

ビジネスとしてのボクシング

 

 会社のPRにボクシングジムと協賛したりして、選手のボクサーパンツに社名を入れてもらったりできます。また、まだ無名であってもいずれ世界チャンピオンになると思われる選手に早くから協賛するのは意義があります。目利きができる証拠だからです。

 

日本ボクシングコミッション(JBC)

 

 

 

 

小説「暗転」~帝王が愛した女~ 21

《第四章 蒼穹》

 

Grow Old With Me

 

f:id:ogoesamurai:20181118164729p:plain

 

 はじめは筆談でよく洋子に語りかけた。とりとめもないことや好きな人はいないのかとか。洋子は、このまま会社人生を全うできればそれでいいと答えるだけだった。「啓子が困ったら笹岡さんに相談しなさいだって。社長の俺が部下の君に相談した方がいいって。最初の頃は君との関係を疑っていたけど今は一番頼りにしているようだ。直久はどうしようもないし、跡を任せられる器じゃない。一度変な流れが出来るとなかなか変えられないな。私にはやれることはもうない。かといって任せられる人も信用できる人もいない。今まで君のこと付き合わせてきたから、別な人生を生きたいならその方がいい。この会社に未来はない。退職金も払うからどうか考えてくれないか。」洋子はしばらく黙っていた。「社長が退任されるか会社がなくなる時まで、見守らせてください。これからどんなことが起きても全て受け入れるつもりです。これが私の人生です。」はじめは不自由な体であったが、しっかり洋子の手を握り締めた。はじめは自分の代で会社が消滅しても仕方がないと覚悟した。むしろその方がいいだろうと。はじめの計らいで洋子は税理士試験受験のために専門学校に通うことになった。また、赤木との関係についても彼と話し合った。「陰でお前がどうしているかは分かっている。辞めろとは言わない。適度に頼む。しばらくの間は俺の話相手になってほしいし、頼み事も出てくるかもしれない。そういう関係でいいね?」赤木は驚いた。「分かりました、社長。これからは、余計な経費はかけないようにします。それで許してください。」「私もこんな体だ。いつまでも長くはないだろうから。その時が来たら会社とはきっちり縁を断ってくれ。誰が跡を継いでも。」「ええ、分かりました。」相変わらず、銀座に赤木と出かけては酒を飲んだ。「赤木、だれか有能な弁護士を紹介してくれないか。」「いいですけれど。どうかなさったのですか。」「前にも言ったように、俺は長くはない。だからそろそろ準備が必要だと思っている。そのためだ。取り敢えず、deep seaで一度会って話そう。私が、筆談でしかやりとりできないことも事前に言っておいてくれ。」「分かりました。」はじめは、ただ今を楽しめればいいと思った。死が訪れるまでの時間潰しだと。洋子は専門学校のガイダンスに出て、どの科目を受験していけばいいかアドバイスを受けた。はじめは洋子に言った。「科目は、簿記論、財務諸表論、法人税、所得税、相続税を受けて欲しい。日中学校に出て授業に出席してかまわない。仕事はそのあとだ。」「分かりました。私で受かりますか。」「大丈夫だ。君なら頭もいいし、これからのこともあるから頼む、何が何でも受かってほしい。」そんな状況を知って、赤池は社長に真意を尋ねた。「社長、税理士の私がいるのに、笹岡さんに税理士試験を受けさせるのはどういうことでしょうか。」「彼女にはもっと頑張ってもらって、レベルを上げてもらい総合的に私を補佐して欲しいからだ。それだけのことだ。余計な詮索をせずにこの状況をどう打破したらいいのか教えてくれ。」「稼働率が低下していますから、ここは思い切って再度営業権の売却が得策かと思います。公租公課も既に2か月分滞納しています。督促がきていますから早急に解消しないとまずいです。」「何台分売却すればいい。」「詳細は後日説明に来ます。今日はこれで失礼します。」

 赤木が弁護士を紹介したいということで、銀座「deep sea」に集まった。菅野弁護士という50代の弁護士だった。「遺言書の作成を公正証書でお願いしたい。それとまた私が倒れた時に、息子の直久と税理士の赤池に経営を乗っ取られないような方策を考えて欲しい。あいつらは信用できない。」「ご子息を信用できないのでしょうか。」「ああ、自分の息子でもだ。既に後継者気どりでいる。彼に継がせると決まったわけではない。必要なものは、この赤木に言っていただければ何でも用意する。」

 2011年3月11日、東日本大震災が発生した。日本中がパニックになった。未だかつて経験したことのない事態であった。タクシー業界では燃料の補充の問題が起きていた。ガソリンスタンドでは行列ができた。港にタンカーが着岸できるかという問題も起きていたからだ。物流網が分断されコンビニやスーパーから物がなくなった。タクシーの需要は逆に増加したが、燃料の補充が十分ではなかった。回復までには1週間はかかるだろうと見込まれた。これまでのはじめの活躍から卸会社が融通してくれたので、他の中小のタクシー会社よりは燃料には困らなかった。フェニックスタクシーに関しては、震災の被害は皆無であった。はじめは洋子と話し合った。「人生何が起きるか分からないね。私もこんな体になるとは思っていなかったし。この震災によって日本も大きな転換点を迎えるね。当社は既に迎えているからどうっていうことないけど。」「本当ですね。午後3時少し前に凄い音とともに揺れましたから。原発の放射能の問題が今後どうなるかですね。」「原発の放射能事故で、福島県はかなりのダメージを受けることになる。もう元には戻れないだろう。ただでさえ人口減少に苦しんでいたところに、こんな事故が起きては避難するしかないし、福島県には戻らずに都会に転居するだろう。不測の事態によって未来が変わることはよくあることだからね。税理士試験の方はどう。」「日本がこんな状況の中で不謹慎ですが、勉強が楽しくて仕方ありません。なんとか3年以内に5科目合格して税理士資格を取得したいです。社長にもっといいアプローチができるようになりたいです。」「そう言ってもらえると嬉しいよ。もし、私に何かあったら啓子のことを頼んだよ。」「そんなことばかり言ってると本当にそうなりますから気を付けてください。」物流網が概ね正常化するのは4月に入ってからだ。

 赤池がタクシーの営業権ではなく不動産の売却を行い、営業権は各営業所に分割割当する方法を提案してきた。イランの投資家が日本の不動産を購入したがっているとのことだった。はじめは即答はせずに後日回答するとだけ言った。赤木と菅野弁護士を呼んで銀座で打ち合わせをした。「社長、こういうところではなく私の事務所で打ち合わせませんか。」「どうも堅苦しいところだと脳梗塞がおきると思って。」「そういう冗談はやめてください。」はじめは、赤池が持ってきた提案書を菅野弁護士と赤木に見せた。「社長、この提案書は危険な取引ではないですか。イランとの取引はハイリスク取引に該当します。」「ハイリスク取引とは何ですか。」「犯罪による収益の移転防止に関する法律があって、マネー・ローンダリング対策が不十分であると認められる特定国等に居住し、又は所在する顧客との取引に関して200万円を超える取引には取引時確認を行わなければなりません。こんな時期にまとまった土地を買う投資家は見つからないからイランの投資家を探したのでしょうね。」赤木も提案書を見て意見を述べた。「土地の売買代金も震災後の不景気だからと言って安すぎる。恐らく中間登記省略によって何回転かさせて抜こうという魂胆ですよ。俺も悪党だけれど赤池はもっと質が悪い。断った方がいいですよ。」「社長、私もそう思います。ここは急いで売るよりも時期を見て資産売却した方がいいです。それと、以前依頼された公正証書の原文を作成しましたのでご確認ください。」はじめは30分くらい黙々と内容を確認した。「フェニックスタクシーの株式の相続人は、妻の啓子とこの人を入れてください。比率は70%をこの人に、残りは啓子でお願いします。後は原文のままで結構です。」「かしこまりました。社長のご都合の良い時に公証役場で公正証書作成を行います。先生の都合に合わせます。公正証書ができたら先生が保管してください。万が一の時は先生が開示してください。お願いしましたよ。」「社長、赤池をこのまま雇っていて大丈夫ですか。なんなら私が排除します。」「別に気にしなくていい。面白いじゃないか。私からかすめ取ろうとしてあの手この手と使ってくる。フェニックスはもうだめだよ。」後日赤池には、提案はありがたいがのめないと返事した。資産売却は震災の影響が沈静化してからだと伝えた。

 8月には税理士試験を受けた洋子は結果を気にしていた。最初だったので5科目全部を受験するのではなく簿記論・財務諸表論の2科目を受験していた。はじめは、洋子に少しおしゃべりをしないかと誘った。洋子は専門学校での出来事やそこで出会った人の話をした。はじめは嬉しそうに黙って聞いていた。そして、合格発表日の日が12月にきた。洋子は2科目ともに合格していた。洋子ははじめに簿記論と財務諸表論に合格していることを報告した。するとはじめは合格祝いに寿司でも食べに行こうとなった。「啓子が君と話がしたいと言ってたしどうかな。」「是非お願いします。久しぶりに奥様ともお話がしたいから。」

 数日後、築地の寿司やで三人が集まりお祝いとなった。女性同士話がはずみ、はじめは話についていけなかった。「あなたは、いつも笹岡さんと話しているんだから今夜は私がいっぱい話すの。いいわね。どうせ話せないんだし。」「奥様、そんなこと言ってもいいんですか。」「いいのよ。夫婦ってそんなもの。事実を隠していいこと言ってたって上手く行かないのよ。実際に言葉が出ないのは本人も分かってるし、それに気を遣いすぎるとかえって傷つくものよ。」「夫婦間の信頼関係ですね。」「働きながらの学校通いは大変だったでしょう。」「久しぶりの受験勉強でしたし、社長のご配慮で仕事中も抜け出して受講していましたので楽しかったです。」「だれかいい友達とかできましたか。」「住友グループ出身の優秀な財務マンとも出会いました。」「詳しく聞かせて。あなたも聞きたいでしょ、社長さん。」三人が大笑いした。はじめは大きく頷いた。「住友グループで財務部でお仕事されて、そのあと中小企業に転職して10年勤務され役員にもなられたそうです。でも世代交代があって新しい社長から首にされたと言ってました。今は無職で税理士試験に合格して人生やり直したいみたい。とても熱心に不動産の話や鉱業の話を学校帰りにしてくれます。」啓子は茶化すように洋子に言った。「その人のこと好きなのね。」「もう私若くないし、バツイチだから好きじゃないと思います。」「そんなこと分からないわよ。あなた、うちの会社で雇ってあげたらどう。」はじめは頷いた。「その人が良ければ、合格するまでの間うちで働いてもらうのも悪くはないね。そんなに業績のいい会社でもないからそういう働き方もいいだろう。但し、笹岡さんの下になるけど。」「社長、私の下では失礼にあたりますよ。それに赤池さんが連れてきた課長はどうなさるのですか。」「経理課長は辞めてもらうつもりだ。それに専門学校で知り合った人も無収入よりは収入があった方がいいだろ。それに君にとっても励みになるからいいんじゃないのか。今度、履歴書と職務経歴書をもってくるように話しをしてみなさい。断られたらそれはそれで仕方がないことだから。」

 意外にも快諾し履歴書と職務経歴書持参ではじめと啓子の面接を受けた。名前は、小元徹といい誠実そうな人だった。独身でいてこれまでも結婚歴がないとのことだった。仕事一筋の人生に啓子は感心した。はじめは小元くんにこう言った。「内の細君が君に会ってみたいというから面接に立ち会わせた。はじめてのことだ。」「だって笹岡さんが褒めるくらいの方だからどんな方かと思って。それにあなたじゃ言葉が上手く出ないから、いろいろ聞きたいこととかあったら私がいた方がなにかと便利だと思ったのよ。」その場で内定となり条件面も伝えられ、翌日から出社し管理部課長となった。フェニックスタクシーにとっては彼の入社はプラスだったが、彼の人生にとっては不運のはじまりとなった。

 

 

 

 

小説「暗転」~帝王が愛した女~ 20

《第三章 瓦解》

 

虚無(きょむ)

 

 

f:id:ogoesamurai:20181113085604p:plain

 

 今までどんな困難なことがあっても、必ずアイディアを出して一人で乗り切ってきたはじめであったが、病気の後は弱気で突き進む力が無かった。そんなはじめの状態が経営成績にも顕著に現れた。荻窪営業所を手放したことが相当堪えていた。こんな状況でも顧問の赤池裕一は何もアドバイスは言わず、受け身に徹していた。洋子は赤池が送り込んだ経理課長にも不審を抱いていた。会社の内部事情が逐一赤池に報告されているようだった。洋子は以前にもまして仕事がしずらくなっているのを感じていた。洋子は、はじめに対して普段通りの対応を心がけていた。熱海の件は忘れることにした。

 「社長、今月の業績の報告に参りました。」洋子は社長室に入室した。「どうせまた悪いんだろ。もう見たくないよ。」「それなら、見たくなるような業績にするのが社長の仕事です。」「相変わらず手厳しいなあ。なんとかできるものなら何とかしているよ。」「すいません。言い過ぎました。」「いや、いいんだ。君のいう通りだし、少し気が紛れるから。分析結果と傾向について詳しく聞こう。」「乗務員数の減少からくる稼働率の低下、一台当たりの走行距離の低下、荻窪営業所売却後を考慮しても売上は40億円を維持するのがやっとです。このままだと2005年あたりから赤字に転落します。」「乗務員の採用関係は、営業所長任せだったな。そこに、メスを入れるしかないな。あとは、不採算なものを辞めたり、また営業所を売ってしまうか。もうこれ以上縮小だけはしたくない。ここんとこ何やっても上手く行かないな。それに比べ、大手4社は上手くやってるよな。所詮、俺はここまでの男だったのか。」次第にはじめの声が荒々しくなってきた。「大手4社もダメージは受けてます。業界トップの大日本帝国自動車も、営業所の統廃合を進めるそうです。」「誰から聞いたの?」「社労士の久保田先生から聞きました。タクシー業界では有名な先生だから、あちこちにアンテナがあるみたいです。」「営業所の統廃合?もっと詳しく聞かせてくれないか。」「50台から80台の小規模な営業所は、営業所の土地不動産を売却して、タクシーをもっと大きな営業所に寄せるようです。売上を落とさず、経費を下げることができるので有効な方法だと思います。もともと1営業所あたり200台はあったりしますから、営業所の大規模化と営業所の建物を建て直しをして、賃料も多く取れるように経営そのものを変更するようです。」「そこだけ見ればいいように思えるよ。人の心はそんなに簡単には割りきれないよ。乗務員というのは、自宅から近いところで働きたいはずだよ。勤務体系を見ても分かるだろう。隔勤、日勤、定時制、体に負担がかかるから家ですぐゆっくりしたいはずだよ。」しかし、はじめの考えとは裏腹に、大手四社は営業所の統廃合を乗務員の退職を誘発させることなく進めた。ブランド力と安定性があり、上場会社に対してチケット制が数多く導入されているのも魅力的だった。バブルが崩壊したからと言って、会社員がタクシーを使わなくなることはなかった。

 フェニックスタクシーとりわけはじめの守りの弱さが出ていた。過去にもそうであったように病気のせいだけではなく、はじめは攻めることに力を発揮するタイプの経営者だった。大手四社は着々と時代の変化に合わせて構造改革を断行していった。賃金規定の変更も労働組合と争議になりながらも稼げる乗務員の歩率を高くし、そうでない乗務員のは低くした。はじめはこの右肩下がりの経済をこれまで経験したこともなく、経営のブレインと言えば顧問税理士の赤池か洋子しかいなかった。いささか力と経験不足であった。

 特段何か手を打つことなく時間だけが過ぎて行った。はじめと啓子の長男、直久も2003年には高校生になっていた。学校でのいじめが原因で、家に引きこもるようになりはじめも厳しく叱るようになっていた。「お前がついていながら直久は何をやってるんだ。俺の跡取りだぞ。情けなくて腹ただしい。」「あたしの力だけではどうにもなりません。」はじめは公私ともに追い込まれていた。なんとか、直久は大学には合格した。その年2005年にはフェニックスタクシーは設立以来初めての赤字決算となった。金融機関からの新たな合理化策を含めた事業計画書の策定を求められた。はじめのプレッシャーはかなり大きなものだった。その時、またはじめを不幸が襲った。脳梗塞が再発したのだ。家で入浴後エアコンの風を浴びながらくつろいでいる時に、突然目の前が回るような感じになり真っ暗となり倒れた。救急車が呼ばれ緊急搬送された。啓子は洋子に電話し病院に来て欲しいと頼んだ。洋子も不安になり駆け付けた。意識は混濁していたが、緊急の検査と手術を行うことになった。何とか一命はとりとめたが、意識の回復を待ってから様子を見るということになった。「笹岡さん、もし何かあったらどうしましょう。」「今はただ様子を見守るときです。意識の回復を待ってから考えましょう。」前回の発作とは違い翌日には意識が戻った。多少の言語障害と右手、右足に不自由さは残ったが。ただ意識障害だけは以前よりひどくなった。

 職場復帰は早かったが、会社もはじめ個人も以前の輝きはなく凋落ぶりは否めなかった。そんな弱ったはじめに、赤木は付け込みはじめた。ボクシングジムをはじめたいと提言した。ライセンスを取得し練習生も募集し興行も行うというものだった。この頃になるとはじめは完全にやる気を無くしやぶれかぶれになっていた。馬込営業所で倉庫兼事務所として使っていた建物を赤木の好きなように使わせることに合意した。ジムの名称は「ヴェロス」という名前にした。そこには、リングも用意されそのお金は、フェニックスタクシーからフェニックスコーポレーションに流すことで賄われた。不動産市況に明るい話題も出ていたこともあり、金融機関は一転融資の姿勢も見せ始めた。2006年のことだった。赤字脱却の方策も見出せない中での融資だった。不動産の時価が上昇していたので、担保評価が上がったことが理由のようだった。洋子は、業績の回復方法が確立していない中での新規事業や借入には反対したが、はじめは全く聞かなかった。赤木はツテのある大使館にはじめを連れて行っては領事に合わせ、はじめの虚栄心をくすぐった。はじめは絶望的な中でも、側にいて良くしてくれる赤木を信頼した。ボクシング関係の費用に湯水のごとくタクシーのお金が使われていった。海外にも頻繁に行くようになったし、会社の経費で毎晩飲み食いした。赤木が牙をむき始めたのだ。息のかかった飲食店に連れて行っては、上前をはねた。洋子は、はじめに規律を取り戻してほしかったため、妻の啓子にも相談し赤木との関係を断つように迫った。口では分かったような返事をするがはじめは直そうとはしなかった。そして、赤池ははじめの子の直久に近づいていった。はじめの家族全員を食事に招待しては親睦をはかった。はじめの健康状態を考えれば次期社長の直久を味方につけておくことが先決と考えたのだ。社内外ではじめは包囲されていた。そんな放漫経営が続けられる中で、2008年に米国発のリーマンショックが世界中を走った。軒並みどの企業も影響を受け、中小企業では売り上げが半減するところも続出し倒産が相次いだ。フェニックスタクシーも大きく影響を受け金融機関からは返済を求められた。

 2009年にはタクシー業界にとって激変の年となった。政府が業界に対して再規制をかけたのだ。2002年に国がタクシーの新規参入や増車、運賃の規制を緩和した結果、タクシーの台数が増え、競争が激化し、運転手の労働条件悪化や渋滞などの問題が生じた。改善策として、新規参入や増車の条件を厳しくしたり、増車した会社には法令違反への罰則を重くしたりする特別措置法がつくられ、2009年10月から施行された。これは、フェニックスタクシーにとってはチャンスだった。赤池がはじめに金融機関から返済を求められているならタクシーの営業権を売却して財源を確保したらいいと言ってきた。稼働率の低下している営業所の営業権の売却を検討し、破格の条件を提示した大日本帝国自動車に100台分譲渡することにした。赤池にも手数料として10%支払う約束をした。死臭が漂いはじめたフェニックスタクシーにハゲタカが群がり出していた。はじめの体は回復するどころかますます言葉が上手く出せなくなってきていた。その状態に対して時として怒りから周りに当たり散らしたり、突然泣いてみたりと手の付けようがなくなっていた。洋子は側でその様子を見ながら何もできない自分の無力さを実感していた。この年はもう一つの節目の年でもあった。はじめの長男の直久が会社に入社した年でもあった。取締役営業部長という肩書であった。2005年から始まった赤字体質は悪化の一途を辿っていた。短期借入がほとんどであったので更新のたびに金利が高くなっていた。直久は乗務員集めに高額な手数料がかかるエージェントを使用し広告宣伝費を惜しみなくかけた。費用対効果のない経費の使い方に洋子が助言すると社長の承諾を得ていると回答してみせた。赤池は直久の性格を見抜いていたのでどんどん経費を使うことを奨励した。あとは私がなんとかするから心配するなというのが口癖であった。いじめにあって引きこもるような性質なので、煽てられるとその気になり権力によって人を服従させることに酔いしれるところがあった。そして、2009年秋はじめは三度目の脳梗塞を起こし言葉を失った。筆談でやり取りをし秘書として洋子が任命された。はじめが社内で信用するのは洋子と赤木だけになっていた。自分の息子でさえ赤池と組んで自分を追い出そう考えていると勘繰った。この人間関係の悪化が会社の業績の回復の芽を断ち、社内では社長派と次期社長派に二分され派閥争いが労働組合も入って起きていた。働くモチベーションは低下しますます営収が落ちた。会社の預金も底を尽きかけ別の金融機関から土地を担保に借入を繰り返した。そして、公租公課に滞納が始まったのもこの年からであった。

                               ―第三章 完―