小説「暗転」~帝王が愛した女~ 8

《第一章 はじまり》

万慮(ばんりょ)

 

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  本社も設立され人手が足りなかった。そこで新聞の求人広告に本社総務事務担当で募集することにした。たくさんの応募があったが、はじめが欲しいと思うような人材の応募はなかった。そんな時、高円寺営業所の方に募集看板を見て面接を受けたいと来ている女性がいると連絡があった。身長が175センチぐらいはあってスラっとしていてモデルのような感じの女性だと言っていた。はじめは結婚しているにも関わらず少し期待をしてしまっていた。「30分後には高円寺営業所に行くから、お茶でも出して飲んでもらってて。」「分かりました。履歴書、職務経歴書はそろってます。社長びっくりしますよ。」

 はじめは、到着するなり応接室に行き自己紹介した。「フェニックスタクシー社長の岩城はじめです。わざわざ当社の募集にお越しいただいてありがとうございます。」「たまたま近くを歩いていたら募集看板がございましたので受けてみようと思って連絡しました。実家も善福寺なので働かせてもらえれば近くなので通いやすいと思いました。」「実家は、善福寺のどのあたりですか。私の自宅も以前そちらにありましたので。」「女子大通りの方です。」はじめは、持参してきた履歴書から住所を確認した。「これは、この住所は。」「もともとそこに住んでいたわけではありません。父が数年前に購入した家です。善福寺公園が好きで、静かで新宿に出掛けるのにも便利なところということで決めたようです。」「どうせ、いつかは分かることだから言っておくけど、君が住んでいる家は、元々は私の自宅だったんだ。事情があって売却せざるを得なくなって手放したけど。」「そうだったんですか。なんか運命を感じますね。遅れましたが、私は笹岡洋子と申します。」「26歳ということは社会人経験はありますよね?」「はい。少しだけですが。北海道にいました時、近くの会社で事務員をしていました。」「北海道?どういうことですか。」「私は、一度結婚して北海道に嫁いでました。しかし、父が事故で急死したことと母と祖母のことが気になって。それに姑とうまく行ってなかったのも事実です。どうしても東京とは勝手が違いますし、いつも東京もんはと嫌味も言われました。なんとなく寂しくなって。旦那も姑の味方でしたし、全然知らない土地で本当にひとりぼっちでした。」「苦労したんだね。君みたいにきれいで優秀な人は他でも雇ってくれるんじゃないですか。うちは、乗務員さんがほとんどで女性が少ない職場だから。」「何かのご縁で目に留まり、受けてみようと思いましたのでまだ募集されているようであればお願いしたいです。」「分かりました。結果は追って連絡いたします。今日はこれで終了とします。」「ありがとうございました。」

 はじめは、個人的に彼女に興味を抱いていた。ロングヘアーで目が大きく、黒い瞳が特徴的な女の子だった。「社長どうします。採用しますか。」高円寺の所長が言った。「まだ分からない。いい人が来てないのも事実だけど、彼女がうちの文化に馴染めるか心配に思ったから。」「あまり気にしなくてもいいんじゃないですか。なかなかの美人ですし、彼女が入社してくれたらもっともっと働きますよ。」「相変わらず美人に弱いな。総務全般をやらせたいと考えているから、各営業所を見学してもらい所長の意見も聞いて判断しよう。監督官庁に対する報告書や提出書類がたくさんあるし、乗務員さんの労務管理と大変な仕事だし、認可事業である以上下手をすると営業停止処分になったりすることもある。昨今、厳しくなってきているんだよ。ただ事務員で電話を取ったりお茶を出すのが仕事だと勘違いされても困るから。彼女の都合を聞いて、全営業所の見学をしよう。彼女に後で連絡をとってくれ。もしかしたら、やっぱり受けたくないという気持ちに変わっているかもしれないし。女心ってそういうもんだろ。」「分かりました。じゃ夕方にでも連絡をとってみます。」

 はじめは高円寺営業所を少し急いで出た。来客もあったし食事がまだだったのでお腹が空いていた。高円寺の駅の近くの蕎麦やに入った。お昼時間を過ぎていたのでゆっくり食べることができると思った。いつもの海老天そばの温かいのを頼んだ。もちろん海老天は2尾入れてくれと注文した。注文を待っている間何かぼんやりと昔のことを思いだしていた。それは、朝鮮人と言われていじめに遭ってたころのことだ。元は日本人の祖父母が兵役で朝鮮に渡り、勅命によりその地に滞在し父が産まれたことが始まりだ。何をもって日本人というのか何をもって朝鮮人なのか、いつも疑問に思っていた。ただ差別され異物のように思われてきた。今日、面接に来られた笹岡洋子さんも、北海道で東京もんというよそ者扱いを受けていたという話を聞いて、忘れていた過去を思い出していた。「お待ち同様。ほんとにあんた好きね。海老天2本の温蕎麦。普通は一本だよ。社長さんだから特別サービスなんだよ。」「おばちゃん。特別サービスって言ったってお金はしっかり取ってるでしょ。」「あたり前でしょ。商売なんだから。メニューにないもの出しているんだから特別サービスなのよ。あなたに、海老天を一本余計に出すと海老天蕎麦が一杯出せなくなるだろ。それは店にとっても利益が減るのよ。」「流石はおばちゃん。」「おばちゃん、おばちゃんて言わないで。好きで年とったわけじゃないんだから。まだこれでも若くはなくても年寄りだとは思ってないんだから。」「ごめん。今度家族連れて食べにくるから許して。その代わりみんなで海老天2本の蕎麦頼んだりして。」「もうこの人ったら。」「冗談だよ。」はじめは他愛もない会話を楽しんでいた。食べ終わると本社に戻った。

 夕方になると、高円寺営業所の所長は笹岡洋子に電話を入れた。電話をかけると母親らしき女性が出た。事情を説明すると変わってくれた。突然だったので心配になったのだろう。「代わりました。笹岡洋子です。」「先ほどは面接にお越しいただいてありがとうございました。お気持ちに変わりがなければ、全営業所の見学をお願いしたいと思っています。そのうえでやっていけるかどうかお考えを聞いて合否を決めたいと思っております。」「是非よろしくお願いします。」「ご都合の良い日程をお聞かせいただけると助かります。」「明日でも大丈夫ですが。」「それでは、明日10時に中野本社にお越しいただいて各営業所をご案内します。」「了解しました。よろしくお願いします。」洋子は少しほっとした気分だった。何か仕事をして気持ちを紛らわしたかったのだ。「洋子、夕ご飯の支度ができたから台所に来て。」母からそう言われた。「今行くから。少し待って。」久しぶりに楽しい団らんになると思った。食卓には、祖母と母と洋子の女三人だけだった。「さっきの電話、フェニックスタクシーとか言ってたけど何か仕事でもするの?」母は気になったので洋子に問いただした。「総務のお仕事で募集してたから受けてみたの。いきなり社長面接でびっくりしたけど。私とそう年の離れていない方でした。」「社長さんの名前はなんていうの。」「たしか、岩城はじめさんって言ってた。」「多分、おじいさんと関係のある方のご子息だと思うわ。」「そうなんだ。明日お会いするから聞いてみるね。なんていう名前の人がおじいさまと関係があるの」「岩城悟という名前なの。預かっているものがあるのよ。おじさん死ぬ間際にそれを岩城に返して欲しいと言ってたから。余程大切なものだと思うわ。」「分かった。明日聞いてみる。社長さんもいらっしゃると思うから。岩城悟ね。」

 次の日、洋子は中野本社に向かった。高円寺所長の案内で、本社の応接室に通された。とても立派な本社だった。社長のはじめが応接室に入ってきた。「また会えてよかった。もう来ないんじゃないかと思ってたから。」「バツイチの出戻りなので、こらえ性がない女だと思われてダメかなと思ってました。」「今日は一日がかりだけど大丈夫ですか。」「はい。覚悟してきましたので大丈夫です。」「まずは当社が一番力を入れている無線室を案内し、それから総務として監督官庁にどういう書類を提出しているかを高円寺の所長の池之嶌からレクチャーさせる。」「かしこまりました。ノートとか筆記用具持ってきていて正解でした。」「やる気がありますね。レクチャーする私は何も用意してなかったですから。」池之嶌は大和モータース(やまともーたーす)出身のエリートだったが少しずぼらな所長だった。温厚な性格ゆえに乗務員や社長からも信任が厚かった。最初に、無線室を案内された。電話が凄い勢いで鳴っていた。それから無線でタクシーの乗務員に急いで連絡をする。手際よくこなさないとお客様からも怒られた。洋子は思わず「まるで戦場ですね。」と言ってしまった。「ここは特別です。どこの部署もこういう状況ではありません。無線室から配車される割合は、全体の一割くらい。あとは、路上でお客様を乗車させていくスタイルです。」はじめはそう答えた。「そうですよね。私も電話で家まで来てもらうか路上で手を上げてつかまえますから。」「どこのタクシー会社使ってます。」「フェニックスタクシーのことあまり知らなかったので大和モータースさんを良く利用しています。」「これからは、フェニックスも使ってほしいな。」はじめは面白おかしくそう言った。「そうしたいと思います。」無線室が終わると次は池之嶌所長の説明で陸運局のこと労基署のこと必要なことを全て聞いた。持参したノートも10ページ以上書き込んだ。はじめは言った。「もうお昼だから蕎麦でも食べませんか。いいお店を知ってますから。」「はい、よろしくお願いします。」いつもの蕎麦やへ池之嶌と三人で出かけた。少し混んでいたが席は確保できた。「おばちゃん、注文するから来て。」「はいよ。今日は珍しくきれいな女の子連れてきているね。奥さんかぃ。」「違うよ。会社の面接に来てもらってるんだよ。早く注文聞いてよ。」「全員海老天2本の温蕎麦かい?」「おれは海老天2本の温蕎麦、池之嶌と笹岡さんはどうする?」「私は社長と同じでお願いします。」「私は、山菜おろし蕎麦温かいのでお願いします。」「ずいぶんヘルシーだね。」「まだ太りたくないので。」三人が和気あいあいと話しを交わしていた。30分ほどでお店を後にして本社に戻った。「これから順番に練馬営業所、板橋営業所、荻窪営業所、高円寺営業所、最後に馬込営業所に行くから覚悟して。」「分かりました。」

 練馬営業所には13時に到着した。発祥の地であり一番敷地面積の大きな営業所だった。「高円寺の2倍くらい広いですよね。ワーゲンがかわいいですよね。」「可愛いっていいながら大和のタクシー使ってたんだろ。」はじめは少し意地悪に言った。「これからですよ。社長。でも土地が空いてるからもっと有効活用できるんじゃないかしら。」そう洋子は伝えた。「検討しなければならないことだね。今までいろいろあって手付かずのところが沢山ある。」

 次は板橋営業所だった。不動産事業との2WAYではじめた営業所で地元からの評判も良かった。はじめは説明した。「ここは、地元の人が無線室を通さないで営業所に直接来て乗っていくんだよ。」「完全に地元に密着しているんですね。マンションの方は車の音とか文句は言われませんか。」「サッシを厚めにして防音対策はしているし、そんなに営業所にタクシーはいないから問題ないようです。」「それなら理想的ですね。」

 荻窪営業所には14時30分くらいに到着した。はじめは説明した。「ここも練馬営業所と同じで旧タイプの営業所だからもっと不動産としての有効活用ができますね。」

 高円寺営業所には、15時に到着した。取り立てて説明する必要はなかったが、はじめは試しに洋子に聞いてみた。「今まで見てきて感じたこととかあったら何か言ってもらえませんか。」洋子はすぐさま答えた。「環七沿いの営業所ですね。それと不動産をもっと有効活用すれば売上も上がっていいんじゃないですか。」「そう来ましたか。」「何か失礼なこと言いましたか。」「いや、面接合格だっていいたかっただけです。着眼点がいいのと車にただ乗っていたんじゃなく道路をしっかり見てたことに驚きました。当社の戦略的出店ゾーンですから。」「え、あの合格なんですね?」「ハイ合格です。条件は募集欄に記載されていたとおりでよろしいですか。」「はい、結構です。嬉しいです。」「でも最後の馬込営業所も見学していってください。」「分かりました。」

 馬込営業所には、16時に到着した。ここでは同行していた池之嶌がタクシーとハイヤーの違いを説明していた。そしてここでも洋子は鋭い質問をした。「ハイヤーは儲かりますか。」「なんとも言えないとしかここでは言えないかな。」それでもフェニックスタクシーの営業所の中では熟慮の上に設計された営業所だった。

 馬込営業所を出たのは、17時を過ぎていた。「このまま自宅まで送ります。場所は知ってるから。」車の中では色んなことで話が盛り上がった。洋子は聞いてみた。「社長は、岩城悟という方をご存知ですか。」「俺の親父だよ。どうして親父の名前を知ってるの?」「うちの祖母と母が知ってましたので。」18時20分くらいに洋子の自宅に到着した。はじめにとっては、久しぶりの我が家だった。「でもいい人に買ってもらってよかった。本当にそう思っている。ここで失礼するよ。一日お疲れさまでした。」「こちらこそ、ありがとうございました。いつから行けばよろしいですか。」「明日から来てもらえると助かる。8時に本社に来てください。本社総務部勤務を命じます。」「かしこまりました。朝8時ですね。」そのままはじめは本社に戻った。

 洋子は今日あったことを一部始終祖母と母に伝えた。すると祖母が奥から木箱を持ってきた。その中には金でできた串刺しがあった。「これを岩城さんに渡して頂戴。おじいさんも喜ぶから。しかもこの家が岩城さんの家だったなんてなんていう偶然なの。おじいさんが導いているのかもしれないわ。」

 これから始まる波乱の人生の幕開けだった。運命に翻弄されるかのように。

                              ―第一章 完―