小説「暗転」~帝王が愛した女~ 16

《第三章 瓦解》

 

永劫(えいごう)

 

f:id:ogoesamurai:20181108203003p:plain

  はじめはしばらくの間は、聖路加病院に入院しリハビリを受けた。上手く言葉が出てこないことにもどかしさがあった。何かがつかえて出てこないのだ。懸命に、思い浮かぶことを言葉に出しきろうと思い、通じる言葉になるまで言い続けた。毎日2リットルの水分補給もした。適度な運動も欠かさず行った。そして、大分言葉が通るようになった時、医師の許可も出たので退院することにした。自宅でのリハビリも考えたが、会社に出社してすることにした。呂律が回らない部分もあったが、恥ずかしくはなかった。

 久しぶりの出社だった。「社長、おはようございます。」洋子が挨拶に来てくれた。「心配をかけたが、もう大丈夫だ。少し呂律が回らないところがあるくらいだ。」洋子は、リハビリに献身に寄り添った。でもなぜか以前よりよそよそしいというかはじめとの距離を感じていた。それは、洋子だけではなく会社内の従業員はみな感じとったいた。そして妻の啓子や直久にも同様であった。観光バスの事故のことで洋子ははじめと打ち合わせをした。損害賠償額が約1億5千万円になるという話をしてもただ頷くだけだった。「共済を使いますので会社の負担は少なくて済みます。ただ、共済契約更新の際は、共済料が高くなりますが。」前ならもっと突っ込んできて、詰めがあまいと言われたものだが、そのような精鋭さがなくなっていた。病み上がりだから仕方がないと思った。「その他入院中に変わったことはなかったか。」「強いて言えば、斎藤取締役に代表取締役がついて社長がお留守の間決済をしてもらいました。奥様と協議の上決定致しました。」「勝手にどうしてそんなことしたんだ。」「社長が入院なさって意識を失っている間、会社の運営がストップしてしまいます。緊急避難的な措置です。」はじめは、珍しくあたりにある物を投げた。昔ならそんなことはしなかったのに。はじめの変化は、会社だけでなく家でも起きていた。「啓子、お前は斎藤とできているのか。」「何をばかなこと言ってるの。あなたしか会社の決済できる人がいなかったからでしょ。」「お前がおれの代わりに社長をやってくれればそれで済んだじゃないか。」「あなたは、フェニックスタクシーの筆頭株主。お母さまも株主だけど臨時株主総会を開いて私を役員にし代表取締役にするのには議決権数が足りなかったの。顧問弁護士の先生に確認のうえ対応したのよ。取締役会を開いて、復帰したから斎藤さんには今まで通り取締役で頑張ってもらえばいいでしょ。斎藤さんもなりたくてなったわけじゃないし。」「そうだな。そうする。」今までのはじめと違って怒りっぽくなっていた。直久にも辛くあたりはじめていた。いわゆるDVの兆候が出ていた。啓子は、やはりはじめの言動に違和感を感じていたので、一週間に一度は通院し薬を調合してもらっていたのであらかじめ担当医に相談しそれとなく診断してもらうことにした。そして、ある日啓子は医師に呼ばれた。「奥様、ご主人は軽度の記憶障害になっています。記憶の断絶が起きています。名前とか顔とかはほとんど覚えていると思いますが、脳梗塞で倒れられたあたりの数年前の記憶からたどたどしい状況です。思い出せることと思い出せないことがあるようです。そういう患者さんに多いのは、被害妄想が強くなるということです。今まで物に当たらなかった人があたったり、大声を出して騒いだりとかの症状があると思います。」「先生、もうすでに出ています。治らないのですか。」「時間はかかると思いますが治る場合もあります。それまで周りの人が耐えられるかだと思います。もしかしたら全くの別人になったような感じだと思いますから。」「なんとか支えていきたいと思います。」はじめもストレスを感じていた。なにもかも上手くいっていない、自分の思い通りになっていないという思いが次第に強くなった。会議をやっても前なら感情的にならず合理的な話ができたが今となっては無理であった。所長や幹部クラスでも退職する人が出た。会社経営において悪い兆候が出始めていた。洋子がたしなめてもどっちの味方なのかとか雇われの身でとか今まで言ったことのない言葉が散見された。洋子は毎日が辛く感じた。妻の啓子から新宿に呼び出されて会社の様子を聞かれた。「幹部社員で二人退職者が出ました。あまり感情で判断したり物事を決定したりしなかった方なのですが、最近は感情でしか判断や決断ができなくなっております。」「家でもあたしや直久にあたり散らすから大変なのよ。でもあなたも辞めるなんて考えないでね。あなただけが頼りなんだから。」「出来る限りのことはしたいと思います。」次第にフェニックスタクシーの雰囲気が変わっていった。上を見ながら仕事をするような社員が多くなった。業界の先頭を切って新しい時代を作ってきた経営者がもうそこにはいなかった。業界内でも「岩城はもう終わった」と言われていた。大手四社の社長たちも内心安心していた。むしろはじめが入院している間に着々と観光バス事業の準備をしていた。大手四社横並びのサービス内容と料金体系で。フェニックスタクシーを潰しにかかる包囲網が大手四社と関東無線の間で密かにすすめられた。

 1992年も年末くらいになると不景気を実感できるくらいになっていた。フェニックスの業績も悪化しはじめていた。それは、景気のせいだけではなかった。幹部社員だけではなく乗務員も辞め始めていた。稼働率はこれまで90%を割ったことはなかったが今では85%を維持するのがやっとだった。洋子も退職したいという社員とは積極的に面談をして慰留した。社員のほとんどがはじめのカリスマに惹かれて入社した人たちなので、変貌してしまったはじめに愛想が尽きていたのだ。中には、気の毒に思ってより一層頑張る社員もいたが、一度できた流れを変えることはできなかった。

 1993年には、はじめの言語障害もなくなり普通に会話できるまで回復した。はじめはいつしか銀座に通うようになった。クラブ「deep sea」では温かく歓迎された。月に3百万円は使うようになっていた。洋子ははじめの事情を知っていたので、交際費として問題があるなどとは言わなかった。少しでも早く記憶が正常になって元の社長に戻ってほしいと思っていたからだ。ボクシングのプロモーターの赤木圭一と再会した。「社長、大変だったようですね。でも話している限り回復なされたんですね。おめでとうございます。」「ママ、ドンペリ開けてくれ。赤木さんと乾杯したい。」これまでのことをすべて赤木に話した。赤木は、聞き手に回った。ただひたすら聞き手に徹した。百戦錬磨の男が、付け入る隙間を見つけたのだ。話が終わるとはじめはこう言った。「明日、本社に来てくれ。うちの社員にしたい。嫌か?」「いえ、光栄です。ありがとうございます。明日、中野の本社に伺えばいいですね。」

 翌日、はじめは洋子に社長の推薦枠で一人採用することになったと伝えた。今まで公私混同するような人事をやらなかった人が、短絡的に人を採用するようになった。「これが必要書類です。履歴書、職務経歴書、年金手帳揃ってます。」赤木は礼儀正しく9時に出社し挨拶をした。洋子は、好きになれないタイプの男性だと思った。芸能界という海千山千の世界に少しの間身を寄せていたので本能的に分かるのだ。危険な男だというのを。「本社内で空いてる部屋を一室、彼の専用の部屋として使わせてやってくれ。しばらくは、会社の状況を知ってもらいそのあとは新規事業の立ち上げに参加してもらう。」以前であれば洋子をことを一番に信用していたが、今はこの赤木というボクシングプロモーターを信用している。あの出来事の後、人間不信に陥っていたところがあったから仕方のないことであった。内部より外部に信用できる人を求めたくなる。人間としての当然の心理であった。新会社を「フェニックスプロモーション」という名前で設立した。売り上げがたつ見込みがなかったので、フェニックスからお金が落ちるような仕組みを作る必要があった。

 赤池裕一が挨拶にお邪魔したいという連絡があった。久しぶりなので、会ってみることにした。「社長、ご無沙汰しております。やっと税理士試験に合格して、1年間他の税理士事務所で修業して今度独立することになりました。名刺を受け取っていただけますか。」「赤池コンサルティングファームか。いい名前だ。うちの顧問でもやらないか。新しくフェニックスプロモーションという会社を設立したから、その会社の顧問税理士ということでどうですか。」「喜んで引き受けます。何か困ったことでもあれば遠慮なく言ってください。」「早速だけど、新会社に合法的に金を落として何とか回せるようにしたい。その仕組みを作ってもらいたい。できるか。」「何とかやってみましょう。」

 1993年は赤木、赤池二名がフェニックスタクシーではじめに急接近した。この二人が後に崩壊の火種になるとは、今のはじめには見極めることができなかった。

 「笹岡さん、今度フェニックスプロモーションでボクシング事業を始めるよ。協力を頼むよ。」「社長、お言葉ですが本当にやられるのですか。あの事故の一件以来観光バス事業は低迷しておりますが、まだ再起できるところにはいると思います。このまま放っておくと閉鎖するしかなくなります。それでなくても、大手四社も観光バス事業に乗り出し規模の拡大を図ってますから。関東無線も大手四社とは頻繁に会合をもっているようです。もう少し、タクシー事業に尽力された方がよろしいのではないですか。」「君は、社長の私に意見するのか。何も考えていないわけではないよ。ボクシング事業も将来に向けての布石だよ。タクシー事業を盛り返すための手段だよ。もういい。また今度じっくり話そう。部屋を出て行ってくれ。」洋子は、そそくさと社長室を後にした。もう後戻りはないという感覚が洋子にはあった。全く違った方向へ動き出している。経営者としての精鋭さがどこにも感じられなくなっていた。従業員の退職、稼働率の低下、ゆっくりと業績は下降線をたどり始めていた。