小説「暗転」~帝王が愛した女~ 18

《第三章 瓦解》

 

玉響 (たまゆら)

 

 

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 1996年この年は、不幸が二つ重なった。それは、はじめの母あきなと洋子の祖母が相次いで亡くなった。この時ばかりは、はじめも落胆し仕事に身が入らなかった。納骨が終わった後はじめは洋子を連れて熱海日金山霊園に再びやってきた。「突然どうしたんです?私より赤木さんの方が良かったんじゃないですか。」「何となく君と一緒に来たかったから。そんな気分なんだ。なんか話してよ。意地悪しなくてもいいだろ。」「そうですね。天気もいいし、青い空に青い海。とにかく気持ちいいですね。」「本当にそうだ。来て良かった。会社にいると気が滅入るから。」「そうなんですか。そんな風には見えませんけど。社長は何でも自分の好きなようにやられているから満足なんだろうと思ってました。」「そんな風に見えるの?」「ええ、とてもワンマンに見えますけど。」「相変わらず遠慮ないな。」洋子ははじめと昔のように会話できたことに驚いた。最近のはじめなら絶対に怒ってくるようなことでも上手く交わすような会話だった。しかし、今日はここで会社の話はやめようと思った。はじめとの今この瞬間を楽しもうと思った。珍しく運転手なしの自分でベンツを運転して熱海までやってきた。「社長、どうしてご自分で運転しようと思ったのですか?」「今日、ここに君と来ることは啓子には話してないんだ。変に心配させたくないからな。」「その方がかえって心配しますよ。何かする気なんですか。」二人は久しぶりに大笑いした。「やっぱり、君とここに来て良かった。退院してからというものの、何か心にモヤモヤしたものを抱えながら生きてきたから。それは晴れることのない感覚なんだ。記憶に連続性がないというか、時折自分で何を言っているのか分からなくなるときがある。自分のことばかり喋って悪いね。君だって、おばあさんが亡くなって辛いときに。」「社長とは、色んなところで重なり合いますよね。でも、祖母の死をきちんと見届けることができましたし、それに大事なことを頼まれました。」「差し支えなければ聞かせてくれないか。」「どんなことがあっても、自分からフェニックスタクシーを辞めてはいけないって言ってました。そして、辛いことがあっても逃げないでがんばるのよ。」「そんなこと言ってたのか。」「もうすぐ死ぬというときの最後の言葉でした。祖母は祖父のことをとても愛してましたから。祖父が亡くなる前に、朝鮮から命からがら逃げてきた様子を語ったそうです。その時、社長のお父さんに助けられたというのがとても印象的だったそうです。」「何か、とても重い話だな。今の私ではまともに受け止められない。」洋子は、微かにはじめが昔のように戻れるような気持ちになっていた。

 

鬼謀(きぼう) 

 

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 はじめの母親の相続税関係は、顧問税理士の赤池が担当した。億を超える資産額なので国税庁が対応するだろうと言っていた。報酬についても顧問をしているので格安に対応すると言っていた。申告・納税は実際のところ来年になるが、前もって報酬を払ってほしいと赤池は言ってきた。金額は1000万円。洋子は別の税理士にも確認したところ、500万円が相場ではないかとの返事がきた。そのことをはじめに伝えたが、「開業したばかりで大変だろうからいいじゃないか。会社の経費でなんとかしてくれ。経費で処理できない部分は私個人が支払うから。」止む無く洋子は指示に従った。赤池は更に、フェニックスタクシーの業績が低迷していることもあって、フェニックスタクシーの顧問税理士を解任して自分を顧問にしてもらえないかとはじめに相談した。洋子からも業績の低迷に対して、何かしらか手を打たなければいけないと言われていたので、応じることにした。はじめは洋子を呼んで、長年フェニックスタクシーの顧問をしていた税理士を解任するよう命じた。

 洋子は顧問税理士を本社に呼んで事情を説明した。最初のうちは税理士も驚いていたが、業績を回復させる手段はどの税理士も持ち合わせてないのではと言っていた。会社経営は、基本的には経営者が考えてやるべきことで、税理士は数字上の論点を指摘するのが精一杯でしょう。丁寧で温厚な方だった。経理部員にも親切に指導をしてくれていた。悟の代からの税理士がこの会社を去った。

 赤池は更に管理部長の岸を更迭するようにはじめを言い包めた。ただ業績の集計しかしない人に出す給与はないということだった。代わりにもっと安い給与で仕事ができる人を紹介すると言ってきた。はじめは、洋子に相談した。「赤池さんが岸部長を更迭した方がいいだろうと言ってきている。どう思う。」「確かに、銀行出身で真面目な人ですが仕訳とか経理業務が分かる方ではありません。しかし、顧問税理士を解任したばかりで更に管理部長まで交代させるのは性急すぎます。赤池先生の意見を聞くのはいいと思いますが、社長の会社なんですからもう少しお考えになった方がよろしいと思います。」はじめは、岸部長の更迭はしばらくは見送ることにした。

 1997年5月になると1997年3月期の決算が見えてきた。売上高は70億円台と相変わらずタクシー部門の売上減少が顕著であった。それにハイヤー部門、観光バス部門、ボクシング部門の赤字部門をタクシー部門の黒字が補っているに過ぎなかった。洋子は、観光バス部門の撤退を強く進言した。せめてこれだけは止めさせることで赤字部門を減らしたかった。はじめは、洋子の進言通り年内で観光バス事業から撤退することを決定した。それと同時に洋子に管理部長就任を打診した。洋子はこれを引き受けた。岸部長は静かに会社を去った。赤池は、洋子の下に誰か管理職で補佐役を入れた方がいいと言ってきたので洋子の下ならばいいと言って了解した。着々と赤池は楔をフェニックスタクシーに打ち込んできた。

 不動産協会の会合に出席した時に、会員の方から顧問税理士とかはどちらにしてますかという話が出た。赤池コンサルティングファームにしていると回答すると、後で話がしたいと言われ会合が終わってから銀座のクラブ「deep sea」で話をすることにした。そこで聞かされたのは、彼の顧問先が倒産寸前の会社ばかりで資産を売却しては高額な手数料を取っていること、またその会社の価値を最小限に見積もり、株式を自分に譲渡させ第三者に転売することで利益を上げている税理士であることだった。はじめは、社長に就任したばかりの経験や慎重さが抜け落ちていることに気づいた。これからは用心深く人と接しなければならないとこの時は思った。

 実際に赤木や赤池と話すと、人の好さそうなことばかり言うのでいつしか用心深さも解かれていった。洋子は管理部長に就任すると今まで以上に精力的に仕事をこなし、営業所管轄の警察署や消防署の会合に出席した。その中で病院向けの福祉タクシーが出来ないか相談された。とても意義のある仕事だと考えはじめに相談した。はじめも了承してどのようなスキームで実現させるか、東京都全体でやるべきではないかとか久しぶりに建設的意見を述べ洋子に調整を依頼した。洋子は嬉しかった。また、はじめと業界に先駆けたサービスを展開できることを。必死に調整に翻弄した。東京都からスタートし23区を回り三多摩区全体を歩いて回った。各区がそれぞれフェニックスタクシー用の福祉券を発行し、それに基づいて割引額が決定され、後日フェニックスタクシーの口座に振り込まれる仕組みだ。共通券にしたかったが各区市町村で割引額が違うことから、やむなしとした。タクシー福祉券は1998年1月からスタートとなった。業界新聞の一面に次のように記載された。「フェニックスタクシー復活。タクシー福祉券導入で路線バス以外の高齢者向けのサービスを開始。」そして、久しぶりにはじめはこの記事の中でコメントした。「お待たせしました。やっとフェニックスタクシーらしいサービスをご提供できます。事故があったりして皆様に多大なるご迷惑とご心配をお掛けしてしまいました。これを糧に皆様に貢献できるサービスを打ち出して行きたいと思っております。まだ、体の方は本調子ではありませんが仕事をしながら治していきたいと考えております。引き続きフェニックスタクシーをよろしくお願いいたします。」

 大手四社は驚愕した。死んだと思っていたフェニックスタクシーの岩城社長が息を吹き返してきたからだ。業界トップの大日本帝国自動車の海鍋がこれを許すわけがなかった。早速、フェニックスタクシーを潰すために動き始めた。赤池にも近づき内部事情を教えるよう迫った。海鍋は、まだ記憶が完全に回復していない上に人間不信のところが強いからそこに付け込むよう指示した。岩城の名前が業界誌に載るのが堪らなく許せなかったからだ。

 はじめは、練馬営業所に修理工場を併設させた。中小のタクシー会社では修理工場を外注しており修理にかかる時間が掛かっていたからだ。自社もそのことでは悩んでいたので経験者を工場長に採用してスタートさせることにした。その認可に関して関東運輸局へは洋子が手続きをした。大手四社はすでに自社に修理工場や燃料の充填基地をもっていたが、まさかフェニックスタクシーが進出してくるとは思っていなかった。修理工場は1997年にサービスを開始した。周囲のタクシー会社や個人タクシーの利用が数多くあった。タイヤやパーツなどのストックを持たねばならず、運転資金が必要であった。バブルが崩壊したと言っても簿価の低い土地と黒字でキャッシュフローのいいタクシー会社はまだ融資を引っ張ることができた。当面は1億円を借りた。貯蔵品の管理と売上原価の関係は、洋子に任せた。洋子は貯蔵品管理の新しいソフトを導入し会計ソフトと連動させた。赤池が送り込んできた経理課長の金井は、あまり経理のことが詳しくはなかったが真面目に入力はやっていた。時折、洋子に歯向かってくることがあったので使いにくいと感じる時もあった。修理工場の在庫管理を彼に任せた。少し心配もあったが任せてみることにした。赤池もそれを聞きいいことだと言っていた。

 少しずつであったが、はじめの経営者としての資質が戻りつつあったので、このまま誰にも邪魔されずに時間が過ぎて欲しいと洋子は願うようになっていた。