小説「暗転」~帝王が愛した女~ 22

《第四章 蒼穹》

 

Starting Over

 

f:id:ogoesamurai:20190126153403p:plain

 小元は入社すると早速、金融機関との関係改善に動き始めた。商工銀行、東部信金ともに小元の経歴から今後のフェニックスタクシーの業績及び財務改善が図られ、会社の状態を平時に戻してくれると期待した。会社の情報は極力開示し、共有し合うことで早期の業績改善を狙った。洋子も近くに同じ話が出来て、頼りになる人が来てくれたことで静かな安心感を得ていた。「あまり飛ばしすぎないでくださいね?まだまだ、先は長いし、そう簡単なことではないですから。」洋子は気遣うように言った。小元もこれに答えた。「最初が肝心なんだよ。鉄は熱いうちに打てというだろ。着任した時が最もエネルギーに満ちている。このタイミングで何もしない人は、結局最後まで何もしない人だよ。それにこの会社には時間的余裕がない。できるだけアクションを起こして、結果を見て調整をしながらやっていかないとダメなんだ。経理処理や各種費用の見直し、公租公課も滞納しているからここもやっつけないとね。」

 入社二週目からは、各営業所の売上処理やタクシーの稼働状況の確認に出て回った。乗務員さんのモチベーションの低下と高齢化が大きな問題だと感じた。洋子のアシストもあり所長も好意的に状況を説明した。そして、小元はフェニックスタクシーのリバイバルプランを策定した。大綱としては、つぎの通りまとめた。

 1.稼働率を原則90%とする。

 2.タクシー事業とは関係ない事業は撤退する。

 3.不要な不動産は全て売却する。

 この大綱に従って具体的に進められた。小元は、借入残高を20億円未満にし、公租公課が滞納しないレベルまでキャッシュフローを改善させたいと考えていた。不採算営業所の売却、営業権の売却、不動産の売却、乗務員の賃金規定の改定と矢継ぎ早に改革を進めた。全てが寛容的に受け入れられるものではなく、あちこちで軋轢が生じた。しかし、洋子が陰でフォローしてうまく取り持った。一定の営収を超えてくると給与が上がるように、実績に見合った給与に見直すことでよく働く乗務員からは評価された。金融機関も小元の手腕を高く評価した。

 しかし、東日本大震災の爪痕は大きく経済が回復するのにはあと2年は待たなければならなかった。賃金規定の改定が6か月後には業績に大きく寄与し始めた。口コミで乗務員も集まり、また働かない乗務員は居場所がなくなり自ら去っていった。小元はここで乗務員向けの情報、イベント情報を14時と18時に全車両に向けて無線を使って提供し始めた。例えば、後楽園ホールでのイベントで水道橋周辺には21時に待機すればお客がとれるとか大学の卒業式がいつ行われるとかタクシーを利用する確率の高いイベント情報を提供することで、効率よく乗務できる体制を構築した。乗務員のモチベーションも向上し仲間同士で連絡し合い乗車スポットを開拓していった。そして、2013年にもなると経済に明るい兆しも見え始めた。オリンピックの開催地に東京が指名されたのもこの年だった。営業権の売却や不動産の売却も具体的に前に進み始めた。この頃になると、洋子も小元も税理士試験5科目を全て合格し税理士資格を保有するに至った。ある時、洋子は小元に聞いてみた。「これからどうするの?まだここで仕事続けるつもりなの?」「どうして欲しい?俺はまだここで仕事をして、この会社を破綻懸念先から脱却させ、働く人すべてが安心していられるそんな会社に再建したいと思っている。そういうレベルまで会社を再建したと実感できるまではここで頑張るつもりだ。それから先のことはその時考えればいい。まだ、君といっしょに仕事したいし陰でフォローしてくれてるのも分かってる。そんな感じで仕事ができるのも、住友以来だし社長とかの理解も得て仕事しやすいしね。」「そうなんだ。良かった。いつの間にか急に私の前からいなくなるんじゃないかと心配してた。ちょっと安心しました。」「どうして結婚しないの?君くらい綺麗ならいくらでも縁談があったでしょ。過去は過去であまり気にしなくていいんじゃないのかな。俺は、こんな性格だから未だに独りだけれど、やっぱり独りは寂しいよ。いい人がいたら躊躇うことなく踏み出したらいい。人生という時間には限りがあるしあっという間だよ。」「私はバツイチだし、もう若くもないからもらってくれる人なんていないですよ。」二人はこんな時間がいつまでも続いたらいいと思った。

 営業権の売却が成功し、公租公課の滞納分に全額充当し一時的ではあったが正常化した。小規模の不動産も売却が成功し、順調に金融機関への返済も進み支払利息が減少していった。2014年には資金収支がトントンになる月も出てきた。改革の効果が確実に出ていた。そして洋子と小元は付き合い始めた。当然の流れであった。小元は幼い時から母子家庭で育ち、クリスマスもお正月もいつも一人だった。二人は2015年のクリスマスイブに結婚することに決めていた。はじめも啓子も二人の交際を温かく見守った。フェニックスタクシーにはもう欠かせない二人になっていた。

 2015年には主要不動産の売却交渉に入った。会社の信用状況を棄損することなく上手く売却しなければ変な噂が流れるからだ。小元は、慎重に交渉相手を選び売却に向けて話をすすめた。裏では赤池が小元を嵌めるための工作に動いていた。今までフェニックスタクシーから手数料で絞れるだけ絞ってきたのを、邪魔されたからだ。本来、赤池とは顧問契約を解除すべきなのをはじめはそれが出来ないでいた。その甘さがあって会社をこんな事態にしていた。体の自由が利かなくなってからは、ますます流れに任せるようになっていた。赤池はあちこちの不動産会社にフェニックスタクシーが本社の土地建物を売却するようだと言い回った。本社には、不動産会社から売却の意向の確認と内覧したいという申し出が殺到した。そして、金融機関の耳にも同様の情報が入り疑心暗鬼になっていた。赤池は商工銀行と東部信金を回り、根抵当権が設定されているのにも関わらず承諾を取らずに売却しようとしているとデマを言った。さすがに事情を聴きたいということになり、小元は説明した。「外に売却の話が広がらないように交渉を進めてきました。相手との売却交渉が決まれば、その時は当然お伝して根抵当権を外してもらうお願いをするつもりでした。」「具体的にはどこと進めておられますか。」「埼玉の建売の会社です。仲介手数料も安く済みそうです。金融機関を出し抜くようなことをして会社や私に何かメリットでもありますか?因みに、仲介会社は大手の会社なので私にはマージンとかは入らないですよ。登記をきちんとする普通の不動産取引です。金額も相場通りで根抵当権の極度額を僅かながら上回っています。」「確かにそうですね。これは失礼しました。気を悪くさせて本当に申し訳ないです。すいません。」「分かってもらえれば別にそれでいいです。誰が変なことを言い回ったのですか。教えてください。」「赤池さんです。」「あの人はもうどうしようもない人だから。」

 本社の売却契約を締結する日取りも決め、場所は商工銀行ですることとなった。しかし、運悪くこんな時に、練馬営業所の乗務員が国道一号線で車両6台に渡る大事故を起こした。連日テレビでは観光バス以来の大事故として、フェニックスタクシーには社会的責任感が欠如していると報道された。インフラとしての安全配慮に欠如しているという内容で激しくバッシングされた。これに便乗して赤池は、小元が進めてきた営収重視の賃金規定に端を発しての事故だとまた金融機関に言い回った。更に、不動産の買い手にも密かに連絡し、フェニックスタクシーの不動産を買うのは縁起が悪いという内容の触れ込みをして取引をぶち壊した。そして、自分と懇意にしている不動産会社に売却の話を持ち掛けこの混乱時に手数料を抜くことを画策した。小元が金融機関対応やマスコミ対応している間に、社長から実印の押印をしてもらいあたかも小元がすすめてきた売却案件のごとくふるまい契約締結をした。無論、金融機関の承諾もなく極度額よりも低い金額での契約であった。当然に手付金も入金された。この契約書をもって赤池は商工銀行に行き、小元がやっていることを告げた。「この契約を履行しないと違約金として物件価格の20%が課されます。更に手付金も返還しなければなりません。そんなことをしたら、信用不安だけでなく倒産してしまいます。」商工銀行は、直ちに社長、小元、洋子の三人に面会を依頼し事実の確認を行った。契約書に実印を押したのは、間違いなく社長自身で、赤池が小元がすすめてきた話だからと言っていたので実印を押したということであった。赤池は間髪入れずにマスコミにもこの不動産取引をリークし大炎上となった。商工銀行は譲歩し、極度額よりも低いが別の無担保不動産を売却した代金で充当してもらうことを条件としてこの取引を承認した。

 二人の結婚式まであと二か月と迫った10月の月夜がきれいな夜に、小元は洋子を置いて本社の屋上から飛び降り自殺をした。人生のほとんどを仕事に生き、誠実に生きてきた男の最後は、結婚というささやかな幸せではなくあまりにも残酷なものであった。洋子は2015年12月24日付でフェニックスタクシーを退職した。