小説「暗転」~帝王が愛した女~ 24(最終話)

《第四章 蒼穹》

 

Promised You

 

 

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永遠

 洋子は東京へ戻ると、はじめが死去したことを知らされた。自分の人生に大きな影響を与えた男二人を同時に亡くしたのだ。通夜には出席することにした。青山葬儀所で業界関係者、四大タクシー会社の社長が一堂に集まった。それぞれが様々な思いを抱いて故人を見送った。洋子は、喪主の妻啓子に挨拶に行った。「この度はご愁傷様です。それとご無沙汰しておりました。」洋子の漆黒の黒装束が会場に映えた。はじめの死をより厳粛なものに彩った。少し前まで一緒に仕事をした仲間たちとも一時の会話を楽しんだ。洋子の祖父とはじめの父親との関係、金の串刺し、一緒に見に行った韓国の海、晴海でのキス全てが走馬灯のように甦っては消えていった。この青空に吸い込まれるかのように。参列者は1000人以上でその中には乗務員も多数いた。下の者にも慕われる経営者であった。洋子は今夜の通夜だけ出席し、翌日の葬儀には出席しないことを伝えた。通夜も一通り終わると乃木坂駅に向けて一同に帰り始めた。そして洋子もその雑踏の中に消えていった。

 岩城はじめの突然の死で遅れてしまったが、笹岡家の墓を雑司ヶ谷霊園にしようと決めた。小元は生前、豊島区の良さを語っており、事実目白に住んでいたからだ。霊園を見に行く前に、よく二人で食事をした東通りを歩いた。いつも夜に利用していたお店でランチを食べようとお店に入ると、夜に見かけていた店員さんがいて声を掛けられた。「一人でくるなんて珍しいですね。こんな昼間から。お連れさんは今日はいないの?」「はい。もう来ることはないと思います。遠くに旅立ってしまいましたので。」「遠距離恋愛ですか?二人でお見えになるとあまり話さないようでしたが、なんか心が通じ合ってるような長年連れ添った夫婦のような感じでしたから。」「遠距離恋愛か。いい表現ですね。確かにそうです。遠距離恋愛。」「なるべく早くまたお二人でいらっしゃって結婚の報告でも聞かせて下さい。」「そうですね。まだ先になりそうですけど。」

 

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Forever

 洋子はゆっくりとしたランチを終え、雑司ヶ谷霊園に向けて歩き出した。池袋駅から歩いて15分程度の距離だった。空いてる墓地について説明を受け、できるだけ緑が多い場所にお墓を建てたいと思った。霊園の入り口から歩いて2分くらいのところにいい場所が空いていたので、そこに権利を買うことにした。墓石については、墓石やと相談をして笹岡家の墓とは入れず、永遠の二文字だけとした。しかし、きちんと小元徹の名前は入れてもらうし、自分が死んだときは、小元徹の隣に小元洋子と掘ってもらう契約も事前に済ませた。墓地としての体裁も整い、遺骨を移送し格納した。何か不思議な一体感があった。色々なことの整理を全て終えた頃に、啓子から連絡があった。弁護士といっしょに会って話がしたいということであった。杉並区善福寺の洋子の実家で話すことになった。「久しぶり我が家に戻った感じね。」啓子が言うと、洋子もこう言った。「とてもいい家です。環境もいいし大切に使っています。」「運命って本当にあるのよね。まさかあなたに買われてたなんて偶然とはいえ驚いたわ。久しぶりにゆっくり話が出来そうだから少し前置きが長くなったわね。」弁護士が公正証書遺言を洋子に見せ、説明し始めた。内容は、フェニックスタクシーの全株式の70%を笹岡洋子に贈与すると記載されていた。更に、社長就任も条件として書かれていた。洋子は驚いて啓子に問い糺した。「これはどういうことでしょうか。」「あなたにフェニックスタクシーと従業員を託すという意味よ。私もこんなことがある前から経営をあなたと小元さんに任せた方がいいと思ってたの。そうしたらやはりあの人も同じことを考えていたみたい。私には何の相談もなく公正証書遺言を作成していたから。」「ご子息の直久さんはどうするんですか?」「あの子には幾ばくかの現金だけ相続させるだけ。後は自分の人生なんだから一人で切り開きなさいということね。私はそれでいいと思うの。だから気にしないであなたには引き受けて欲しいの。これは私とあの人の総意よ。」「少し考えさせてください。あまりにも急なお話だったので心の整理が出来てないので。」「そうね。突然すぎたわね。じゃ返事待ってるから。」啓子は昔住んでいた洋子の実家から帰りの途に就いた。

 洋子は次の日、お墓に眠っている徹に相談しようと思い雑司ヶ谷霊園に向かった。お線香を焚き両手を合わせながら聞いてみた。そんな時に後ろから誰かが来た。振り返ってみると啓子がそこにいた。「やっぱりここに来ていたのね。小元さんの実家に連絡したら遺骨はあなたが引き取ったって聞いたから。お墓の場所はその時聞いたの。小元さんのお母さんは、遠くにいて体も思うように効かないから、何かあったらあなたのことを助けてあげて欲しいと頼まれたわ。私の大切な娘だからよろしくお願いしますと言って。」「そうでしたか。本当に嬉しいです。」「彼は何ていってるの?フェニックスタクシーとはもう関わるなって言ってた?」「いいえ、引き受けなさいって言ってます。大変で辛い時はいつでも俺のところに相談に来なさいって。そして自分の分まで生きて欲しいっていってました。だから私は遺言に従って、フェニックスタクシーの社長を引き受けさせていただきます。」「ありがとう。あの人も喜ぶし小元さんもきっと喜んでいるわ。」洋子が社長就任を承諾した後、タクシー新聞に次の記事が掲載された。

 

遺 稿

 

 フェニックスタクシーの前社長の岩城はじめです。お騒がせ社長と言われ、陰に陽に業界関係者のみならず皆様に話題を提供しまたご迷惑をお掛けしてまいりました。しかし、この場をお借りして自分が社長就任してから今日までを振り返り、直面した経営問題や今後のタクシー業界について述べたいと思います。些か長くなるかもしれませんがお付き合いいただけますと幸甚です。

【経営問題】

1.人口減少とGDPの頭打ち

 

人口推移表(1980年から2015年)

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出典 E-STAT

※2010年から減少に転じている。

 

日本の名目GDP(USドル)の推移(1980~2018年)

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出典 世界経済のネタ帳

※2010年をピークに減少、その後もたついている。

 少子高齢化でその影響を経済が受けないとはいえない。高齢者ばかりになった時に新しいことにチャレンジしたり失うことを恐れずに行動する人がどれだけいるだろうか。日本はかつてより貧しくなってきていると考えるべきで、デフレを脱却するには出生率を上げるだけでなく、海外からの流入と稼いだお金をなるべく日本で消費してもらうことだ。輸送手段としては、タクシーは少し贅沢な部類に入ってしまうかもしれない。

 

2.人材難

 他の業界に比べてタクシー業界は新卒で入社する人が少ない。その代わり中途入社で自営業者、証券会社、IT、不動産業界と多岐にわたるが、積極的にタクシー業界で働きたいという考えからではなくやむを得ない事情からの入社が多い。業界内で渡り歩く人も多い。これは、経営努力が足りないことにも起因している。賃金制度や福利厚生を見直し安定的に稼げる環境と安心して生活できる環境の整備が必要だろう。現場では運行管理者、会社全体としては総務人事で安全とイノベーションの観点から制度構築ができる人材がいない。この労務管理については、組織レベル、個人レベルで落とし込んでいかないと事故を招致してしまう。

 また、タクシー業界で就業しているということで、各種ローンが通りにくい場合があるのも現実だ。このために、業界で働くことを躊躇ったりなげやりになったりする人もいる。これは会社単位で考えるよりは業界全体で改善策を考えて行かなければならない。競い合うところは競い合い、助け合うところは助け合うことが何よりも大切だろう。

 

3.タクシーの認可台数

 都内で2万台が法人と個人タクシーを合わせて認可を受けているが、お客様の利用状況や減少を勘案すると減車の必要性が出てくると思う。

 

4.設備投資

 IT化を促進していく必要があるが設備投資や維持費を考慮したときに、初乗り410円では採算が合わない。タクシーを気軽に利用しようという呼び水にはなるかもしれないが初乗り料金で終わるお客様も多い。やはり600円は欲しいところだ。また、japan taxiへ車両を移行していくことで燃費の向上と居心地の良さから利益率の改善にもなる。

 

【今後のタクシー業界】

1.新サービスの開発

 タクシー会社は基本的に土地を持っているので、保有不動産の有効活用が効果的だろう。また、監督官庁に対するお願いになるが、認可台数分の駐車スペースを確保しているが、常に稼働しているので必ずしも全車両駐車することはない。この部分を考慮して駐車スペースの一部をコインパーキング等で運用することを認めて頂きたい。更に、建物の一部を地域住民に解放して、囲碁将棋や語らいのスペースにしたりするのもいい。子供たちの避難場所としても活用できるのではないか。これには、固定資産税等の税制優遇があると有難い。

 タクシーの乗務員には、様々な経歴の人がいるので、本人の承諾のもとネットを活用して略歴を公表してお客様の相談相手になるビジネスも面白いだろう。

 

2.ドライブレコーダー情報の活用

 事故時に利用されるものだが、車両の目として個人情報等を配慮したうえで、この画像データを活用したサービスは考えられないか。

 

3.乗務員の口コミ情報

 乗務員おススメの飲食店もネットで配信すると面白い。安くて早く出てくるところを知っているから。

 

最後に

 バブル経済崩壊以降、経済情勢の変化や産業構造の変化に十分対応しきれずフェニックスタクシーの経営を傾かせてしまったこと、観光バス事故では多数の死傷者を出したことをお詫び申し上げたい。そして、この記事が皆様のお手元に届くころには、もう私はこの世にはいないでしょう。また、彼女が私の申し出に応じてくれた時でもあります。フェニックスタクシー三代目社長笹岡洋子。私は、オーナー一族経営から脱却し他人である彼女にフェニックスタクシーの将来と従業員を託したいと思います。女性の社会進出とか活用と言われて久しいが、まだまだ男社会であり具体的な成果については聞いたことが無い。ここに一石を投じるとともに業界初の女性社長誕生をもって私の最後の仕事としたい。今まで以上のご支援ご声援をどうぞよろしくお願いします。本当に長い間ありがとうございました。

                                岩城 はじめ

 この記事のあと、洋子は社長就任の挨拶を本社のある練馬営業所で行った。「本社を元の本社ビルに戻します。あそこは私が取得し整備し終えています。今日のフェニックスタクシーがあるのは、数々の人の死の上にあり片時も忘れてはならないということです。これからもお客様の安全と快適さを追求していきましょう。」

 

 私は、ある土曜日の午後丸の内で一台のタクシーを止めた。「乗務員の岩城です。本日はご利用ありがとうございます。」

                              ― 完 ―